二度と会えないと思うと積極的になれる


──与那原さんのように素敵な出会いを引き寄せるコツはありますか?

「面白い!」と感じた人がいたら、徹底的につきまといますね(笑)。もちろん、私のことを嫌いでなければの話ですけど。そこには「いつかこの人のことを書いてやろう」といった下心は一切なくて、ただただ面白い人が好きなんです。私自身はそれほど人懐っこい性格ではないのですが、ここで逃がしたら二度と会えないと思うと、不思議と積極的になれます。それは、ノンフィクションライターの習性かもしれないですね。何気ない会話をするうちに沖縄社会史の目撃者だとわかったり、今は失われてしまった島の風俗を教えてもらったり、といったことがありました。あとで資料にもあたりますが、沖縄の人たちの記憶の鮮明さ、語りのうまさに魅了されます。楽しいばかりではなく、本のテーマをもたらしてくれることもあります。ただ、本書に関しては取材で知り合った人はほとんどいません。私が面白いと思って友達になってもらった人ばかりです。

──沖縄には変わった人が多いということはないですか?

そんなことはないと思います。これはマスメディアの影響もあると思いますが、本土の人って沖縄を「基地問題で揺れる島」もしくは「癒やしのリゾート」のどちらかでとらえがち。でも実際のところ、沖縄の人は毎日拳を振り上げているわけでも遊んで暮らしているわけでもないんです。本土の人と同じように、ごく普通の生活を送っていますよね。

「男一人食べさせられないで、なにが女か」という価値観


──認識のズレという意味では、沖縄を舞台にしたNHK連続テレビ小説『ちむどんどん』で少し感じました。子どもに甘すぎる母親や、定職に就かずトラブルばかり起こしている長男の描き方がSNSなどで賛否両論を呼んでいますが、沖縄出身の私としてはそこまで騒がなくてもいいのにという気持ちがあります。沖縄ではよく目にする光景なので。

沖縄では昔から、「男一人食べさせられないで、なにが女か」と言われるくらい女が生計を立て、男は働かないものとされています。私はそんな価値観も良いと思いますけどね。ただ、それを知らないまま本土の女性が沖縄の男性と結婚するとすごく苦労する、という話もよく聞きます。私は琉球王国時代のこともテーマにしていますが、琉球・沖縄の歴史は「地方史」の枠ではとらえられない、アジア全体を見なければ理解できない。インドネシアなどでも琉球との共通点を感じることがよくあります。日本の歴史・文化のなかに琉球・沖縄の存在を取り入れると、ダイナミックな世界が広がります。沖縄の人たちの考え方、精神性が本土の枠組みにはまらなくて当然なんですよ。

──与那原さんにとって沖縄はどのような存在ですか?

まさに「自分自身」ですね。生まれは東京ですが、両親が沖縄の人間で、「与那原」という沖縄の苗字で生きてきましたから。子どものころの沖縄は米軍施政下で沖縄のことがほとんど知られていなくて、幼いながらも沖縄を背負って生きているという気分もあったのは確かです。だからといって、沖縄料理が特別に好きというわけでもないんです。海外への旅も多いですが、おいしければどの国の料理でも好きになります。ただ、沖縄料理を食べるとホッとする部分はありますね。それは、高級料亭で食べても大衆食堂で食べても一緒。私にとっては緊張しないでいられる数少ない料理の一つなんです。

50代でも自分に伸びしろがあることを発見


──『わたぶんぶん』の第2弾を望む声も多いと思いますが、書かれるご予定は?

全然考えていません(笑)。本業であるノンフィクションの仕事もありますから。本書を執筆したのは、先輩の作家・松山巌さんに勧められたというのもありますが、本書にも登場するエッセイスト・古波蔵保好さんも書くきっかけになりました。彼は私の大伯父でもあり、おいしい料理をたくさんごちそうになりました。20年前に他界しましたが、彼の『料理沖縄物語』という著書が大好きで、すてきだった大伯父へのアンサーソングのつもりで書いてみようと思い立ちました。それにしても、エッセイのお仕事は普段書いているノンフィクションとはまた違った醍醐味があって楽しかったです。50代になっても自分に伸びしろがあると気づけたのも嬉しかったですね。

『料理沖縄物語』(講談社)

──とても元気をもらえるお言葉ですね。同年代の方やこれから50代を迎える方の励みになると思います。

50代は本当に面白かったですね。大作に挑戦することができました。でも、60代も負けず劣らず面白いですよ。今年で64歳になりましたが、それなりに知恵がつくし、体力は衰えるけど面白いと思えるものがはっきりしてくるし、一人でいるのも平気になる。今回のように、50代の頃に出した本が12年の時を経て文庫化され、再び日の目を見ることもある。これから50代、60代を迎える方には、面白い人生が待っていますよ、とお伝えしたいですね。

 

『わたぶんぶん わたしの「料理沖縄物語」』
著者:与那原 恵 講談社 682円(税込)

台湾暮らしを経験した母のビーフン、沖縄本島、八重山、奄美、南米ボリビアの移民村コロニアで出会った料理、東京で食べた沖縄料理など。沖縄生まれの両親を持つ著者が、人生で出会った「食」と「人」との思い出を、温かくユーモラスなエピソードを交えてつづります。食欲を刺激されながら「優しさ」を体感できる一冊です。


取材・文/さくま健太