100均からシール貼りまで……シフトの制約があるなか、副業を探すことに苦戦
海外生活は、留学に次いで2回目。慣れた分、より楽しい毎日が送れると思ったものの、プライベートと仕事が乖離するような感覚があったという三橋さん。
「宮城の友人たちは、そのまま地元で教師や公務員になる子が多く、フライトがないときは地元に帰り、仕事ではウィーン/日本線に乗務。留学していた頃のように、海外に住むことをうまく楽しめない自分に気が付きました。このままではどっちの国でも消化不良になってしまうかも、と悩むように。そこで契約満了を機に、日本をベースとして乗務できる北欧系航空会社に転職しました」
自分の中の違和感を無視せずに、解決策を見つけ、行動した三橋さん。そして縁が生まれたフィンランドで、三橋さんは女性のキャリアについてさまざまな慧眼を得ることになります。
「ご存知かもしれませんが、フィンランドはキャリアや学びについて成熟した考えの国です。たとえばフィンランド人の同僚CAも、CAでありながら看護師の資格を持っている人が多いです。社会人になってから専門的な勉強をするために学校に通ったというパターンも多数。なかには大学に通い直して政治を学び、町の議員になった同僚CAもいました。フィンランドの国民全体に、必要を感じたら学び直すという考えが浸透しているように思います。
それまでは、CAになったらCAに転職するしか道がなく、他の業種への転職は難しいと考えていた私には、フィンランド人の柔軟さが新鮮でしたね」
三橋さんが働いている航空会社のCAは、月に2・3往復のフライトが標準。1泊3日、2泊4日が月に数セット入り、それ以外の時間は自由でした。
「フライト以外の時間が自由なことで、逆に『なにかしないと』という気持ちがありました。というのも、私のような外国籍のCAは、会社によっては路線やポジションが限られることもあり、必ずしも長く勤めてもスキルやポジションが上がるとは限りません。自分では『子どもが生まれたら40歳までにはCAを辞めよう』と思っていました。それまでに、ほかに仕事の種をみつけなくては。そういう漠然とした焦りがありましたね」
堅実で真面目な三橋さんは、シビアに仕事の特性を見極めて、行動していたのです。とはいえ、CAのシフトスケジュールが通知されるのは前月末。曜日もパターンも不規則のため、定期的に出社する副業は難しいのが現状でした。
「突然、単発でできる仕事を探して、時給1000円ほどでシフトに融通がきく100円ショップのアルバイト、封筒に宛名シールをひたすら貼る仕事などをやってみました。なんでも経験と思い、一生懸命取り組みますが、ずっと続けたいと思う仕事はなかなか見つからず、悩んでいました」
「子どもが生まれたらCAを引退しなくてはと思いこんで……」国際線CAを続けながらWEBデザイナーとして活躍中
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