誰々が好き、嫌い……。私たちは毎日の生活の中で、他者に対して様々な感情を抱きながら生きています。それらが膨らみすぎて誰かを傷つけてしまったり、あるいは自分を見失わないためにもその感情としっかり向き合い、噛み砕きたいものです。今回ご紹介する『いやはや熱海くん』は、そんな“感情の咀嚼”の大切さを教えてくれる一冊です。
「好き」ってなんだろう
本作の主人公は、学年イチの美形で毎日のように女生徒から告白される熱海くん。どんなに「好き」と言われても、なぜ彼女たちは自分に好意を寄せるのだろうか、果たしてそれは本当に「好き」なのだろうか……と釈然としない気持ちを抱えています。
そんな熱海くんですが当の本人は恋愛対象が男性。おまけにとんでもなく惚れっぽいため、今まで多くの「好き」を経験してきました。でも、彼が女生徒からの告白にもやっとするのは、恋愛対象が男性だからではありません。それは、今でも脳裏をよぎるあの苦い記憶。
その昔、好きな人に想いを伝えたところ「いやそれ違うと思う」と、自分の感情を一方的になかったことにされてしまった熱海くん。それ以来、自分に向けられた「好き」はもちろん、相手に向ける「好き」もなんだかうまく咀嚼できないままでいるのです。
少しずつ縮まる、熱海くんと足立先輩の距離
ところで、そんな熱海くんの今の想い人はというと……。
一つ上の学年の足立先輩。「読書中に話しかけても嫌な顔をしない」「蟻に噛まれたことがあるらしい」という、思わず首を傾けたくなる理由で心揺れる熱海くん。
何度も顔を合わせるうちに彼の自宅で夕飯をご馳走になるなど、その距離を縮めていきます。果たして、熱海くんが足立先輩へ抱いた「好き」の行方はどうなるのでしょうか。
この感情をゆっくりと咀嚼していく
熱海くんは吹き出しのセリフと同じくらいモノローグ(心の声)が多く、とにかくの脳内が騒がしい。でもそれは、自分の感情をゆっくりと咀嚼している証拠。
不器用で危なっかしくも自分の中で育まれる「好き」と向き合い、ゆっくりと気持ちを確かめる熱海くん。その作業は、足立先輩をはじめとする同級生たちとの交流、そしてその中で交わされるゆるっと心地よい会話劇によって、さらに解像度があがっていきます。
BLだけにあらず?『いやはや熱海くん』が描くもの
“恋愛対象が男性”という熱海くんのキャラクター性からBL作品のイメージが先行しがちな『いやはや熱海くん』。ですが、本作は「誰が好きなのか」という恋愛対象の話よりも、例えば好きにLoveとlikeがあるように一つの感情を取っても虹のようなグラデーションが存在すること、その感情に至るまでの過程……そんな内面の機微を丁寧に描きます。
常に多くの情報が溢れ、多忙な毎日を過ごす中で、私たちは自分の感情はもちろん、他者から自分に向けられた感情さえもついついおざなりにしがち。ですが、熱海くんのようにゆっくりと感情を咀嚼した時に、相手と本当に分かり合い、しっかりと対話ができるようになるのかもしれない……そう思わせてくる作品です。
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<作品紹介>
『いやはや熱海くん』
田沼 朝 (著)
「僕の顔が良いばっかりに……」毎日のように女子に告白される高校生の熱海くん。でも、彼が好きになるのは男の人でーー。ナチュラルな台詞が持ち味の新鋭・田沼朝が描く、モテる男子のままならぬ恋物語。
<作者プロフィール>
田沼 朝
漫画家。2022年に「ハルタ」(KADOKAWA)にて『いやはや熱海くん』で連載デビュー。2023年には同作の単行本1巻と、今までの読切&商業未発表作品を収録した『四十九日のお終いに 田沼朝作品集』を発表。
Twitter:@tanumaasa
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