仕事はただの仕事。変えても辞めても人生は続く


それでもまだ安心できないという人には、フィンランドの国防相の話をお伝えしましょう。今年1月から、アンティ・カイッコネン国防相は同国の男性閣僚で初めて2ヵ月間の育休を取得しました。同国では、すでに90年代に男性首相が育休を取得しています。そして現マリン政権では(多くの閣僚が子育て世代なので)、すでに数人が育休を取得。で、男性閣僚ではカイッコネン氏が初めてだそうですが、国防相です。昨年2月24日にロシアがウクライナに侵攻し、フィンランドはそれまでの中立政策から一転、NATO入りを目指すことになりました。そんな国防マターの只中で、国防大臣が育休取得を決断したのです。理由は「子供が小さいのは一瞬なので、写真だけでなく記憶も残しておきたい」。国防上の重要な節目と言える状況下でも、大臣の代わりはいるが子どもの父親は自分しかいないと判断して、休むことを決めたのですね。国民も支持しました。これも、仕事が子育てに負けたのではありません。彼は成功したのです。

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もし、カイッコネン氏の話でようやく成功譚と信じられたのなら、あなたには女性に対する偏見があるかもしれません。女性が仕事よりも育児をとると能力が低く未熟な人物と見なし、男性が仕事より子育てをとると意志が強く先進的な人物とみなすバイアスが働いている可能性が高いでしょう。アーダーン氏は首相です。こんまり氏は世界的な成功者です。多分二人とも、彼女たちを低く見積もっているあなたよりもはるかに優秀でタフでしょう。なのにこの二人の話では安心できず、カイッコネン氏の話でようやく腹落ちしたのだとしたら、それはなかなかに深刻です。

 

こんまりとアーダーン前首相は、仕事をやめたり変えたりしたいけれど踏み出せないでいる人々を解放するロールモデルになるでしょう。子育て以外でも、仕事と他の何かの両立を迫られた時、仕事の仕方や中身を大きく変えるのは「負け」だと考えるのはやめた方がいいです。仕事は勝負事ではないから。あまりにも繰り返し勝負事であるかのように語られているのでもはや地動説レベルの強固な事実となってしまっているけれど、それでも仕事は勝負事ではない。他人との闘いでも自分との闘いでもなく、仕事はただの仕事です。首相でも大スターでも、辞めていい。変わっていい。これが当たり前の考え方になったら、いつまでも権力の座にしがみつく人々もいくぶん減るかもしれません。権力が好きで好きでたまらないというよりは、降りたら死ぬと思っているから降りられないのです。降りても死なない、人生は続く。たとえそれが首相でもセレブでも、そうでなくなった途端に人生の価値が失われるわけではありません。人生の価値はそんなところにはないからです。

ああ、ときめくのかって? ときめきは素敵ですよね。でもそれより素敵なのは、生きている限り心臓は動いているということじゃないでしょうか。そして心臓には、初めから何の肩書きもないのです。

 


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