いくえみ綾先生といえば、『あなたのことはそれほど』や『G線上のあなたと私』などドラマ化された作品も多く、現在も新作を発表し続けている恋愛マンガの名手。現在、クッキーで連載中の最新作『ローズ ローズィ ローズフル バッド』(集英社)は、アラフォー女性マンガ家の恋と仕事の物語。40歳といえば不惑ではあるものの、迷いがないどころか、むしろ迷いまくりだよ! という人も多いのでは? 主人公のマンガ家・神原薔子(しょうこ)こと、神原正子(しょうこ)も、まさにその渦中にありました。


そこそこ売れている女性マンガ家、本当に描きたいものは?


年季が入って味わい深い一戸建てで妹の直子と暮らすのは、マンガ家・神原薔子こと、神原正子。少女マンガ家になりたくて上京し、22年前にデビューを果たしたものの、そのあとは鳴かず飛ばず。

 

ふと思いついて、おすもうさんに憧れるケーキ職人見習い「ファブ郎」というキャラクターを描き始めたところ、それがウケたため、デビューした王道少女マンガ誌を離れ、17年間「日々是ファブ郎」という作品を描き続けてきました。キャラクターグッズ展開もされ、結構売れていたのです(昔の話ですが)。

 

本来描きたかった少女マンガでなくても、そこそこ売れている作品があり、身の回りの世話や、ご飯まで作ってくれる妹が同居していて……、というラクチン状態の正子さんでしたが、その妹が地元の男性と結婚するため、来春には一人になってしまうことが決まっています。

 

人生そろそろ折り返し地点で、このままでいいのか? とふと我に返った正子さんは、突然少女マンガを描くことを思いつきます。とはいえ、惰性のように「ファブ郎」を描き続け、特に構想を練っていたわけではないため、そう簡単にアイデアが浮かぶわけがありません。気分を変えてカフェに行っても気分が乗らず、別のカフェへと移動する正子さん。

雑居ビルの7階にあるカフェのカウンターで、爽やかな若者と隣同士になります。正子さんといえば、ネームを描き込むつもりの白いノートを眺めるばかりで、何ひとつ描けず。それよりも少女マンガ家として、文庫本を読みながら笑いを漏らす若者が隣にいて、何も感じないのはどうよ? 「やはり正子さんに胸キュン少女漫画は無理なのでは……………」とツッコミを入れるファブ郎。

 


本当に涙が出ない時とは?


でも、正子さんは突然、彼に話しかけます。19歳だという若者がさっき笑っていた文庫本のことが気になったからです。でも、若者が笑ったのは本の内容ではなく、正子さんのスマホカバーに印刷された猫でした。今年の春に22歳で死んでしまった正子さんの飼い猫で、猫の写真を使って作ったスマホカバーをつけていました。正子さんがカウンターの上でスマホを裏返しした時に、猫の顔が見え、それがぶさいくだったからだというのです。

 

そこから特に話の話が広がるわけではなかったのですが、若者が「22年生きた猫が死んじゃった時は『悲しすぎて涙も出ない』時ですか」と唐突に聞いてきました。正子さんは正直に、「悲しすぎましたけど 涙は大量に出ました」と答え、店を後にします。

でも、正子さんには彼の言葉が後を引いていました。なぜなら、彼女の涙が出なかったのは、22年一緒に歩んだ子がいなくなって初めて、自分がやりたかったことが何もできていないことに気付いてガクゼンとした時だったからです。

 

「ファブ郎」が当たって連載を獲得し、長年マンガ家を続けられてきたものの、正子さんがやりたかったのはキラキラの少女マンガを描くことだったのです。しかし、気づけばもう40歳。妹にカフェでの出来事を話すと、「その子をどうにかしようと思わなかったの?」と言われます。19歳なんて犯罪レベルかもしれませんが、これもなにかの出会いだし、次回作のヒントになったかもしれません。もしかしたら、彼のお父さんがバツイチのイケメンかもしれないし……。正子さんは冷静にないない、と答えたものの、どこかで、キラキラ少女マンガでもうひと花咲かせられるかも、という謎の手応えを感じていたのでした。
 

 

キラキラな少女マンガを描くために、自らもキラキラ補充が必要?


このあと正子さんは、細々と描き続けてきた「日々是ファブ郎」が漫画賞を受賞するところから、人生が大きく動き始めます。しかも、ときめきとは突然やってくるもので、漫画賞の祝賀パーティで正子さんはある男性と出会うことに。

しかし、17年も「ファブ郎」を描き続けてきたがために、元来の鈍感な性格に磨きがかかり、恋愛経験もかなり乏しいままの正子。さらには、長年ご飯を作って、掃除や洗濯などを担ってくれていた妹が結婚で家を離れたこともあり、家の中はどこか荒れ気味。それでも、キラキラでドキドキな少女マンガを描くために、自分にもキラキラを補充せねばと少しずつ行動に移し始めるのです。

目の前の仕事やら生活に精一杯で、気づけばこんな歳。大きな不満はないものの、「私ってこのままでいいの?」というのは、そこそこの年齢に達した女性であればきっと誰もが思うはず。キラキラ皆無な状態だからこそ、キラキラがほしい。もともとやりたかったことをやってみたい、という正子さんの気持ちは痛いほどわかります。

物語は、正子さんの運命を変え、結果的にキラキラ少女マンガから遠ざかることになった「ファブ郎」が狂言回し役として登場し、正子さんの言動に冷静なツッコミを入れたり、解説をしてくれたりしてくれます。キラキラ少女マンガを描くために、生みの親にないがしろにされがちな「ファブ郎」が時折切なく見えるのですが、長年の安定感というか、やっぱり面白い。

正子さんの周囲には、長年面倒を見てくれた妹をはじめ、売れっ子少女マンガ家の親友や、各社の担当編集者など、彼女を応援してくれたり、時にはシビアなコメントをくれたりする人たちがいます。何かと鈍くて、身なりも気にせず、酒と食べることが好きな正子さんを面白がりつつ、暖かく見守ってくれているところを見ると、正子さんが放ってはおけないキャラクターで、人の良さも伝わってきます。また、正子さんのマンガ家としての日常も、いくえみ綾先生が画歴40年以上のベテランなだけあって、締め切りに追われる描写や、担当編集者とのやりとりも妙にリアル。

40歳の正子さんに○十年ぶりの恋が訪れるのか? キラキラな少女マンガが本当に描けるのか? といったことは、2/24に発売された3巻まで一気読みすれば明らかになるので、今すぐ読むべし。

恋愛下手で不器用な正子は読んでいて応援したくなるし、40を過ぎてからの大人の恋愛でもきゅんきゅんさせられるのは、「さすが、いくえみ先生」と思わずにはいられません。

「あなたは今年、恋愛運がいいですよ!」と言われたとしても、ちゃんと意識してアンテナを張っていないと、目の前に素敵な相手が現れているのに全く気づくことなく1年が終わってしまい、「あー、別に恋愛運よくなかったよ」と嘆いていた、というパターンはよくある話。本作を読んでいると、たとえその人と結局何もなかったとしても、何も起こらなかったとしても、意識して一歩行動するってほんとに大事だな、ということをしみじみ感じさせてくれます。これぞいま、大人の女性こそ読んでほしいイチオシマンガです。

 

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『ローズ ローズィ ローズフル バッド』
いくえみ 綾 集英社

神原正子、40歳。職業・漫画家。「ファブ郎」というコミカルなキャラクターが主人公の漫画を連載中。夢はキラキラの少女漫画を描くこと。でも、ネームを描こうとしても、胸キュンが足りないようで!? そんな時、出会ったのは…!! アラフォー漫画家、恋と仕事のゆくえは!?

©いくえみ綾/集英社