ビジネスマンとしてのリアリズムと実行力

©︎ NOMOS / ウィーン楽友協会

オーケストラによる演奏とはいかなるものか。渋谷さんが「ソーシャルディスタンスを取って演奏することは、奏者にとって容易なことではない。合奏は適切な距離で奏者同士がお互いに感じる息遣いや相手の動きに反応して成立するものだからだ」と教えてくれるように、世界最高峰の“響き”は、いわば「密」であるからこそ生まれているのだとわかるエピソードです。

 

そしてウィーン・フィルとは何者なのか。美しい音楽を奏でる、類稀なる才能を持った音楽家集団ということに留まらない側面を本書で知り、一人ひとりの熱意とその熱意が集結することで生まれる大きな力に、勇気をもらえたような気がしました。

渋谷さんは2020年の来日公演実現について、最後にこのように締めくくっています。
 

ロックダウンからの再始動もしかり、バブル方式による海外ツアー再開もしかり、ウィーン・フィルは音楽業界のファーストペンギンとして、コロナ禍においてあらゆる先陣を切ってきた。そのどれにも、リスクに立ち向かう集団としての団結力が見えたが、何よりも驚くべきは、この一連の意志決定と交渉、調整をすべて奏者たちが自ら行ない、実現させているという事実だ。そこには「自分たちの音楽を届けたい」という純粋な思いだけでなく、自国政府をも動かす交渉力と、ビジネスマンとしてのリアリズムと実行力が備わっている。
――『ウィーン・フィルの哲学〜至高の楽団はなぜ経営母体を持たないのか』より
 


2023年11月の日本公演も決定しているウィーン・フィル。彼らが歩んできた180年という足跡、そして音楽に対する哲学を学べる本書に触れることで、奏者たちによる美しいシンフォニーが、より一層味わい深いものになるかもしれません。

『ウィーン・フィルの哲学〜至高の楽団はなぜ経営母体を持たないのか』
著者:渋谷ゆう子 NHK出版 1023円(税込)

180年の歴史をもつ、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団。一貫して経営母体を持たず、奏者が全ての運営を行なってきた「個人事業主」の集まりは、いかにして伝統を守り続けることができたのか。コロナ禍にも諦めなかった来日公演の舞台裏、さらには組織マネジメントの手法や戦争時の対応まで。世界最高峰の響きの根底にある哲学について、ウィーン・フィルのレコーディングにも参加する著者が丁寧に紐解いていきます。音楽ファンならずとも、彼らが湛える情熱と美学、そしてビジネスマインドのあり方に刺激をもらえる1冊です。


構成/金澤英恵