世界3大音楽コンクールのひとつで、若手ピアニストの登竜門として知られる「ショパン国際ピアノコンクール」。5年に1度しか開催されないその舞台で、日本人ピアニストの反田恭平(そりた・きょうへい)さんが2位に入賞! 日本人の2位入賞は1970年の第8回大会以来じつに51年ぶりで、歴史に残る快挙に国内外から祝福の声が上がっています。

数々の輝かしい受賞歴を持ち、クラシック界の異才、若き天才と讃えられる反田恭平さんですが、2017年刊行のフォトブック『SOLID』のインタビューでは、成功の裏にいくつもの苦難があったことを告白。そこで今回は特別に音楽家・反田恭平のルーツを探るべく、知られざる子供時代のエピソードを本書からご紹介します。

 

「典型的なクラスのおちゃらけ者」だった、と自身の子供の頃を振り返る反田さん。本書のインタビューでは、一発芸をしたり、牛乳の一気飲みをしたりと、微笑ましいやんちゃエピソードも披露しています。そんな活発な少年が小学校の頃夢中になっていたのは、なんとサッカーだそう。しかし、怪我が続いたことから小学5年でサッカーから離れることに。次第にピアノと向き合う時間が増えていったといいます。

「中学校では部活にも入らず、音楽教室にも通っていたので一番練習していた時期かもしれません。ピアノの先生は小6から中3まで同じで、中3の後期から高校まで別の先生になり、大学進学のときにまた変わったんですよ。ある程度指が回るということは自分でもわかっていたので、リストの『リゴレット・パラフレーズ』や『エステ荘の噴水』の楽譜を見つけてきて練習して弾いていました。それが中1くらいですね。同時期にバッハのインベンションも習い始めて、中2でシンフォニアをやったんですが、バッハはあまり好きになれなかった。でも、成績がいい生徒は、翌年津田ホールで弾くことができたんですよ。『来年ホールで弾きたい』ということばかり考えて、お手上げだったシンフォニアも頑張って勉強し続けました。その当時の桐朋の音楽学校のメンバーには、あの小林愛実さんもいて、今では全員が有名な演奏家になっています」

小林愛実さんは、「第18回ショパン国際ピアノコンクール2021」では見事4位に入賞。名門・桐朋女子高等学校で音楽を学んでいた頃から、実力ある仲間たちに囲まれて過ごしていたことがわかるエピソードです。

 

14歳で決意した、音楽家への道


津田ホールで弾きたい。その思いを原動力にピアノの練習に夢中になった少年は、「音楽家として生きていく」ことをいつ決意したのでしょうか? 反田さんはこう振り返ります。

「はっきりとプロのピアニストになろうと決心したのは14歳の時です。大きな決意をした年でした。音楽高校へ進むことは不安もありましたが、将来は演奏家になれなかったとしても教職で食べていけるだろうとか、結構ポジティブに考えていましたね。音楽高校に行きたいならコンクールで優勝してこい、と父に言われたのも14歳の時。音楽家になるというのは雲をつかむような話。父をはじめ、他人を納得させるには、誰が見てもわかる目に見える評価が必要なんだ、と。もし、自分の子供が音楽家になりたいと言ったら、僕は『いいよ、好きなことをやりなさい』と今は言うと思うけど……。音楽家の立場でなければ父と同様に思うかもしれない」

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