「あれって、妄想結婚式じゃないですか?」


「初めまして、立花様。わたくしはこの式場でプランナーをつとめております桜井真人と申します。今夜はご質問などありましたら、わたくしにお尋ねください」

チャペルから移動し、バンケットルームで席に着いた立花様に、できるだけ安心していただけるように丁寧に声をかける。

「こんばんは、よろしくお願いします……」

立花様は、僕とはあまり視線を合わせず、生返事をした。35歳という年齢からすると、すこし幼い印象の振る舞いだ。……もっとも、本当の年齢と名前だったらの話。

模擬披露宴の前に、各テーブルに座った参加者のところにプランナーが個別でアプローチする。今日は12組のカップルと、立花様だった。後輩とのやり取りが頭をよぎる。

――あの立花様、絶対に『妄想結婚式』ですって。おひとり様だし、ぜんぜん浮き立つ感じ、ないじゃないですか。それに私、なんか見たことある気がするんですよねえ、彼女。数年前だと思うんだけど。

――え!? そうなの? そのときもひとりだったってこと?

――それがどうだったか、思い出せないんです。でも、ちょっと独特な雰囲気と、あの前髪ぱっつんな黒髪ロングヘアに覚えが。なんかそのときも違和感があって……うーん、なんか彼女と全然雰囲気の違うチャラっとした男性と、カップルで来てたような気も……。

 

……そこまでやりとりを思い返して、僕は頭を振った。先入観は良くない。後輩の話も、どこまで確かかさっぱりだし、立花様は現時点で大切なお客様。僕はこの道12年の矜持を持って、できるだけ安心していただけるようにほほ笑んだ。

 

「立花様、お式はいつ頃をお考えでしょうか? ゲストの人数に沿って、プランやお見積りも何パターンか出すことができます」

ブライダルフェアの申し込み書には、新婦様のお名前のみで、新郎様の情報は何一つなかった。……じつは後輩に言われる前から、僕も少しだけ気になっていた。

こういうフェアには、ときどき「荒らし」と呼ばれる、試食会や来場特典目当てのカップルも来る。そういう人たちは、契約をちらつかせてさまざまなサービスを引き出したあと、連絡が取れなくなる。

しかし立花様に限ってはその手の心配はないと僕は感じていた。そういう雰囲気じゃない。彼女の身なりは派手ではなかったが良識的だった。

「もしまだ具体的なことが決まっていなくてもかまいません。立花様とご新郎様のイメージをお教えいただけましたら、演出をご提案させていただきます。お名前とメールアドレスをご共有いただけましたら、お二方に資料や動画をお送りすることもできます」

「……1人で来るなんて怪しいですよね。すみません」

立花さまは苦笑いをする。目じりに少し笑じわが寄って、親近感がわく。35歳という年齢は、本当かもしれない。

だとしたら、僕と同い年だ。
 

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春の宵、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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