ここからは、谷川さん、朱さん、杉谷さん3人がネガティヴ・ケイパビリティの難しさなどについて語り合うパートをお届けします。
 

ネガティヴ・ケイパビリティの難しさ。モヤモヤしたくない私たち

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谷川嘉浩さん(以下、谷川):ネガティヴ・ケイパビリティをどうすれば身につけられるかというより、いかにそれが難しいかという説明なんですが、「積極的な発信」という点でいうと、ファシリテーション(なめらかな対話や議論を促す手法のこと)やワークショップ(特定の体験を提供するよう設計されたイベント的な学習機会のこと)など、対話を重視する言説ってそれなりに力を持っていますよね。それを補助線にしたい。

2021年に『ファシリテーションとは何か:コミュニケーション幻想を超えて』(ナカニシヤ出版)という本が出ました。この本のいくつかの面白い指摘のうちの一つが、「ファシリテートされた環境での議論に慣れると、自然にやりとりして何か発信して展開する能力があるという感覚が植え付けられるけれど、実際にはお膳立てされた状況での議論や発話に慣れているだけで、梯子を外されたときにこの人たちはどうするんだ」というものです。

こういう危惧は、ワークショップやファシリテーションを推進する人の中からも出ているんですね。つまり、ずっと整備された過ごしやすい場所でコミュニケーションし続けていたら、実際の危機的状況で、お膳立てなしにやっていける姿勢はどこで育めばいいんだよ、という話です。この話を私たちの文脈につなげると、ファシリテーションやワークショップが、ネガティヴ・ケイパビリティの形成にとってプラスになっていない可能性があるということです。話しやすい環境で話す練習はしているけれど、言葉も議論も出てこない状況で、お膳立て抜きに立ち止まってじっくり言葉を育てていくような訓練はどこにもないし、本当は、そういう学習が必要なんじゃないかと、ファシリテーションの当事者たちが言っている話としても読めるなと思って面白かったんです。

 

朱喜哲さん(以下、朱):なるほど。

谷川:ワークショップを企画するとき、「参加者は、モヤモヤ考えるよりも、わかりやすく何かやった感覚、すごいことを達成した感覚を持ちたがるんです」と言われることは多いですね。簡単にペラペラ話せる話題に絞ることを求められる。それに、今は小学校から大学まで、教育現場では「アクティブ・ラーニング」といって、インプットではなくて、双方向性や発信を重視する形式の授業が推進されています。予備校や塾、参考書などでは授業対策として「こういう風に話そうね」という語りのフォーマットを整備してます。こんな風に、なめらかに発話することが学習のさまざまな局面で重視されていますよね。

杉谷和哉さん(以下、杉谷):なめらかに話しすぎることの問題点はその通りだと思います。たとえば、マンスプレイニングという言葉がありますね(「マン(男性)」と「エクスプレイニング(説明すること)」を合わせた造語)。男性が女性に上から目線で説明する権威的で抑圧的な態度を取りがちだということですが、これは確かに大いに問題です。


谷川:文筆家のレベッカ・ソルニットの『説教したがる男たち』(左右社)という本で広まった言葉ですね。社会で「女性が教えを乞い、男性が語る」という構図が社会のあちこちにあるとき、「とにかくなめらかに話す!」ということだけになると、そういう権威的な構造が温存されがちになるでしょうね。