先進各国は、ネジ1個を何円で作るという純粋な工業から脱皮し、ソフトウェア的なものを売っていく知識産業にシフトすることで成長を維持しています。ところが日本人は、こうした形のないものに価値を見いだすことができず、事業者も高い付加価値を得ることができません。賃金というのは基本的に企業が得た付加価値に比例するものですから、目に見えにくいものに対してお金を払わないという商習慣が低賃金に大きく影響しているわけです。

以前、報道でフリーランスのデザイナーが、会社勤めをしている親類からタダで作品を提供してほしいと頼まれた事例が紹介されていました。その親戚は、依頼する相手がデザイナーではなく、包丁などを作る職人さんだった場合、「タダで包丁が欲しい」とは言わなかったはずです。親類や友だちが大工だからといって、「タダで家を作って」とお願いする人もいないでしょう。この事例は、社会の隅々にまで、「デザインなどタダで作れるものだ」「アイデアに対価は払いたくない」との感覚が蔓延していることを伺わせます。

筆者が会社勤めをしていた頃の話ですが、外部のビジネスパーソンに原稿の執筆を依頼したことろ、他人が書いた記事をほぼ丸々コピーしたものを提出されて困惑したことがありました。

筆者は記者出身で文章のプロなので、原稿を見れば、コピー元の記事を知らなくても、直感的に「何となく怪しい」とすぐに分かります(多くの人は、文章や言葉というのは誰でも日常的に使うものなので、プロが書く文章と自分の書く文章には大差がないと思っているのですが、ほとんどの人は、特別な訓練なしに、商品として使える文章を即座に書くことはできません)。

何より驚いたのが、本人に問い合わせところ、「思ったように文章をかけなかったので、ネット記事を盗用した(本人は『活用』と発言)」と、悪びれもせずに筆者に説明したことです。

こうした感覚は、実は形が見える工業製品にすら悪影響を及ぼしています。

最先端技術の象徴とされるドローンですが、ドローンが登場したばかりの頃は、日本メーカーが圧倒的に優位に立つと言われていました。ところがフタを開けて見ると、ドローンの分野で日本メーカーが出る幕はありませんでした。こうなってしまった最大の理由は、ドローンの姿勢を制御するソフトウェアの分野において、日本の技術力が著しく低かったからです。

中国東部・浙江省杭州市の茶園で、摘んだ茶葉の運搬に活用されるドローン。人間の足では1時間かかるところを、ドローンによって2分に短縮することができている(写真は2018年当時)。写真:アフロ

諸外国はドローンの姿勢を安定させるため、高度なソフトウェアを開発し、機体の制御を行っています。日本メーカーは、部品など物理的な部分には気を配りますが、ソフトウェアといった目に見えない技術については軽視していました。このため、実際に開発を進めてみると、高度なソフトウェア技術を持つ諸外国にまったくかなわなかったというのが現実なのです。

 

デザインやソフトウェアなど知財について、タダで入手できるという感覚を持つのは個人の自由です。しかし、目に見えないモノにお金を払わないという行為を続けていくと、私たちの生活はさらに貧しくなっていく現実について認識する必要がありそうです。

 

前回記事「そごう・西武が売却へ。“80年代カルチャーの象徴”が目指した「ポストモダンな文化」とは何だったのか」はこちら>>

 
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