訪れた人

――ピンポーン。

はっと意識が覚醒した。0.5秒くらいで、弾かれたように床から起き上がる。

インターホンだ!

「誰か! いますか! トイレに閉じ込められています! 管理会社に電話を!」

私は喉が枯れるほど叫んだ。ピンポーン。やけに呑気な音が続く。

「いる! います! 家の中! トイレのドアが開きません!」

私は夢中でドアを叩いた。人の声よりも、こっちの音のほうが響くかもしれない。便座の蓋を閉めてそこに座り、両足を揃えて力の限り、ドアを蹴り続けた。

しかし、なんということだろう、インターホンは止んでしまい、何も変化はない。

宅急便だろうか。それならばオートロックのマンションなので、下からピンポンのはずだが、玄関からの音だった。でも結構、同じマンション内のついでに各階を回る人もいるから、不在だと思ってさっさと次の家に行ってしまったのかも……。

私はついに涙がじわじわと目の中に満ちて来るのを感じた。

――どうしよう! 夜になったら、ますます誰も気づかないかも。

私は恐怖のあまり、ドアだけではなく四方の壁を闇雲に蹴った。そうだ、こういう時、モールス信号!

私は昔何かの本で読んだ知識を思い出し、涙と鼻水をトイレットペーパーでぬぐうと、深呼吸をして、落ち着いてから、一定のリズムで壁を叩き始めた。

とんとんとん、つーつーつー、とんとんとん。

声に出しながら、できるだけ一定のリズムでこれを繰り返す。世界共通のはずの、SOSのサイン。

むやみに壁を蹴るよりも、もしかして誰かに伝わるかもしれない。

叩きながら、私はめちゃくちゃに腹が立ってきた。

こんなところで死ぬなんてまっぴらだ。最期は家のトイレに閉じ込められたなんて、こんな話あってたまるもんですか。

絶対にここを出る!

きっと、ハワイの両親が私に自慢のメッセージや写真を送ってくれる。次は一緒に来なさいよお、なんて言って、ご馳走の写真も。

 

既読にならなければ、さすがに不審に思ってそのうち電話をくれるはずだ。バッテリーが切れていたとして、繋がらなければ、いよいよ心配になって……大阪にいるお兄ちゃんに電話をするだろう。病気で倒れているのを心配して、きっと誰かに連絡して、この家に来てくれる。

1週間もあれば、きっとそうなる。大丈夫、水があれば、この気温でトイレットペーパーを巻いていれば、きっと生きていられる。エコノミー症候群にならないように、時々屈伸したほうがいい。体力を温存するために、横になって……。

私は必死でそんなことを考えながらモールス信号リズムで壁を蹴り続けていた。

するとその時、インターホンと同時に、玄関を強くノックするような音がした。