伝わるメッセージ
私は必死でドアに耳を押し付けた。かすかに人の声がする!
「麻生さん、管理人です! 大丈夫ですか? 通報があったので、安全確認に入ります!」
「管理人さん! ここです! ここ! トイレのドア、開けてください!」
私は夢中でドアを叩く。ドアの外で話し声がしたかと思うと、ガサゴソと音がして、ドアが、ついにドアが開いた!
「あ、ありがとうございます……!」
私は廊下に飛び出すと、腰が抜けたように、へなへなと床に座り込んだ。天板の段ボールを、管理人さんが玄関のほうに押しやってくれる。
「あの、大丈夫ですか? 良かった……!」
玄関ドアのところで心配そうに立ってこちらを見ているのは、なんとお隣の「愛人さん」ではないか。
「ベランダにお布団が干しっぱなしだったから、雨に濡れてますよってピンポンしたんです。でも反応がないから、部屋に帰ったら、かすかに、壁に振動がきて。
誰もいらっしゃらないハズなのに、お化け!? と思って思わず壁に耳をくっつけちゃったんです。そしたら、何を言ってるかはわからないけど、人の声と、暴れてるような音がしたから……なにか困ってたら大変だと思って管理人さんにお伝えしたんです。よかった! 本当に良かった。ドアが開かないなんて、怖かったですよね」
私は、彼女が駆け寄ってきて肩をさすってくれたのと同時に、すっかり気がゆるんで、わんわん泣きだしてしまったのだった。
新しい友人
「由美ちゃん、これ、スキーのお土産、温泉饅頭。よかったら食べて」
「わあ、諒子さんありがとうございます! 嬉しい、ちょうどいま、夜おやつさがしてたの。良かったら上がっていきます?」
2カ月後。私たちは隣人同士、ときどきおしゃべりする仲になった。
「愛人さん」なんて失礼なあだ名をつけていたことは絶対に言えないし、まったくの濡れ衣だったことが判明した由美ちゃん。その正体は、なんと今をときめく売れっ子漫画家さん。
どうりでいつも家にいるわけだし、時々こじゃれた男の人が部屋を訪れるわけだ。イケオジは柏原さん、大手出版社の少女漫画編集者だと判明。
由美ちゃんは、愛人さんどころか、24歳にしてこのマンションを自力で購入した、かっこいい女性であった。
「ところで諒子さん、スキーに行ってちゃんと出会い、つくってきました!? まさか女友達といって、女友達と楽しんで、女友達と自力で運転して帰ってきたとか」
「……出会っちゃったら、温泉饅頭をお隣さんに買ってくる余裕なんてないと思う」
あれから私たちは時々、スイーツとお茶でおしゃべりをする。さほど社交的じゃない者同士、意外にペースがあったりして。
相変わらず、大きな変化もない平凡な日々。それでも、新しい友達もできて、なんだか今年の私はちょっといい感じである。
劇団のオーディションで目撃した嫌がらせ。よぎった悪魔の囁きとは?
構成/山本理沙
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