夫を平手打ちする妻とその叫び


その言葉を聞いた由梨さんは、なんと博己さんをひっぱたいたそう。こんなに壮馬が頑張っているのに、あんたはお金を理由に可能性を閉ざすの!? そのくらい中学受験させるなら常識の範囲内でしょ!? というのが言い分だったそう。

おそらく、由梨さんの生きている世界では、合格が最優先事項であり、ほかはすべて些末なことなのでしょう。たしかに私立中学に初年度にかかる金額は100万円から150万程度。入学金は一校あたり30万円程度で、志望度の高い中学が後半戦の日程であれば、無駄になってしまう入学金もあります。それを今聞いたかのような反応をした博己さんに、父親として情報収集力がないと言いたかったのでしょう。

しかしそれはもっと事前に話し合われるべきでしたし、共有されるべきでした。中学受験における常識は、世間一般の常識ではないので注意が必要です。

どっぷりその世界にハマっていた母親の献身は、いつのまにか狂気に変わっていました。

「来月から、息子の受験行脚がはじまります。1月上旬には地方の学校を受験するというので、いわゆる腕試しというか場慣れのためなんだなと考えていたら、合格最低点が低いから、地方まで受験のために遠征するというのです。その飛行機代とホテル代、受験料だけでも軽く10万円を超えます。

そんなところ受かっても通うの!? という感じですが、寮も完備しているし、場合によっては妻が学校のそばに住み込むというのですから……正直、うん、勝手にしてくれよ、と思いましたね。これが恐ろしいのは、由梨だけが特殊というわけでもなく、ママ友同士ではそんな会話もしているらしくて。どうなってるんだ……というセリフしか出てきませんでした」

 

東京に住んで地方の学校に進学するとは、よほどその学校に魅力があるのだろうと思いましたが、よく伺うと、少しでも学校の偏差値と格が高いほうがいいというのがその理由とのこと。

 


博己さんは、現在、家庭内にインフルエンザなどを持ち込まないように忘年会や飲み会は一切禁止をされているそう。2月1日からは家庭内で送迎や入学手続きなどの「手数」が必要になるため、3日間は有給休暇を取得済みです。

興味深いのは、この話を筆者の周囲の受験生の親御さんに聞いたところ、そこまで特殊なことでもないね、という反応だったこと。どの観点に立つかによって、反応が分かれるのだと痛感しました。

博己さんは、来春の受験が終わるのが恐ろしいといいます。受験後、離れてしまった気持ちがもとに戻るのか、自分でもまったくわからないというのです。

「埼玉の学校にだけ受かったら、大宮あたりに引っ越すと言い渡されました。正直、もう別居でもいいんですが、それにもお金がかかりますからね……。すでにどこの学校に合格したたらこの塾に通う、という情報交換もなされているみたいです。一言いいたい。ママ友だからって、経済状態は同じじゃないんですよ」

また1月下旬からは、感染症対策のため、近所のビジネスホテルに「隔離」されることが決まっているという博己さん。確かに会社に出勤している以上、昼食や会議、会食は避けられず、感染症を心配する由梨さんの気持ちも理解はできます。

取材は、答えがないまま、終了となりました。最近耳にする「中受離婚」という言葉がよぎります。中学受験が原因となり、離婚する夫婦がいるというのをどこか遠い話と捉えていましたが、これは充分にあり得る事態なのだと思いました。

博己さんと由梨さんが、この「緊急事態」を脱して、なんとか着地点を見つけられることを心から祈っています。
 

写真/Shutterstock
取材・文/佐野倫子
構成/山本理沙
 

 

 

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