苦労もユーモアも、自分に引き寄せながら味わえるのが朗読の良さ


渡辺えりさん(以下、渡辺):小学校のときに、国語で「朗読を聞く授業」というのがあったんですよ。当時は朗読が上手い女優さんがたくさんいたんですが、中でも志賀直哉の「菜の花と小娘」の朗読はいまだに忘れられません。女の子が小川に手を入れて「うわあ、冷たい!」っていう場面では、光る小川がパーッと眼の前に広がり、せせらぎが聞こえてくるような。演じていた女優さんは当時60歳を過ぎていたと思うんですけど、16歳の役をやっても本当に上手い。「朗読っていうのはすごいな」と思いました。

ここ最近、再びYouTubeなどで様々な朗読を聞くようになったという渡辺さん。きっかけは白内障の手術で、手術で視力は戻ったものの、小さい文字を読むのが疲れるようになってしまったこと。Audibleでの朗読のオファーを受けたのは、「目が見えにくい人のために、なにかやらなくちゃいけないな」と思っていた矢先だったといいます。

渡辺:作業をしながらでも、電車の中でも、家事をしながらでも聞けるのは朗読の利点ですが、その魅力は耳で聞いた言葉から、自分だけの映像が作れること。言葉の中で出てくる着物の色とか柄とか、自分で想像できちゃうわけです。例えば「かすりの着物」という言葉を聞いたときに、自分の母親が着ていた柄を思い出しながら聞くこともできるし、自分の娘が着ていた黄八丈を想像することもできる。映像以上に、自分の生活に引き寄せながら味わうことができるんです。

 

「それに、家事やりながら映像を見たら、指切っちゃうじゃないですか」と笑う渡辺さん。昭和の時代に活躍し、世界的に知られた版画家・棟方志功と、彼を支え続けた妻チヤの半生を描いた『板上に咲く-MUNAKATA:Beyond Van Gogh』。Audibleのために書き下ろされた新作を渡辺さんに朗読して欲しいというオファーは、著者・原田マハさんからのご指名でした。

渡辺:原田さんのお兄さんが演劇をやっている関係で、以前から存じ上げていたこともありますし、面白い作家さんだと思っていましたのでお引き受けしました。なぜ私に? と言う理由は伺ってはいないんですが、たぶん私が棟方志功と同じ、東北出身者だということ、女性として苦労を重ねてきた演劇人だからじゃないかと思います。実際に本を読んで、同じアーティストとして、私の苦労と重なるものも感じましたから。東北の人間が東京に出てきてやっていくのって、今も昔もすごく大変なことなんです。棟方には何もないんですよ。目も見えないし、貧乏で食うにもことかいて、職人の仕事でどうにか生活しながら作品づくりを続けていて。普通なら暗く不幸な物語になりそうですが、原田さんの作品はそういう状況でもユーモアを忘れずに描いているんです。