まるで違う二人を通じて描くことで、見えてくるものがある


――本作は、家督を息子に譲ったものの、隠居しきれずにいた61歳の松平定信が、栗杖亭鬼卵という文化人に出会うところから始まります。この二人を組み合わせて小説を書こうと思ったのは、なぜなのでしょう?

もともと、鬼卵については興味をもっていたんです。以前、静岡新聞社から刊行された『戦国の城』というアンソロジーで、諏訪原城にまつわる短編を書いているんですが、資料を調べていたとき、武勇で知られる更科姫の逸話を知りました。ところが、新聞社の方と話したところ、それは史実ではなく栗杖亭鬼卵という作家が書いた物語なのだと。

 

――本作の冒頭で、定信が鬼卵の存在を知るきっかけとなる『絵本更科草紙』ですね。

そうです。でも私にとっては初耳ではなく、どこかで聞いたことのある名前だった。というのも、母方の実家が静岡で、親戚の誰かがときどき話していたんです。さらに、作中にも出てくる、鬼卵と関わりの深い福地玄斎という医師は、祖母の先祖に当たる方で。

――縁が深い!

私の高祖父が鬼卵について書いたものが郷土資料にあって、大学の先生が資料として見に来た、なんて話も聞いたものですから、興味が湧いて。調べてみたら、江戸でも大阪でもない、静岡の小さな宿場町でものを書き、六十歳を過ぎてから何冊も作品を出して人気を博していくという、かなり風変わりな人生を歩んでいる方だった。さらに調べていくと、日坂の宿(静岡県掛川市)を通りかかった定信が、店先に飾られていた彼の歌を褒めた、という逸話が残っていたりして。

――それが冒頭の、二人の出会いに繋がっていくんですね。

 


どう考えても鬼卵と定信は、思想的にも立場的にも相容れない。いったいどういうシチュエーションだったんだろうと想像するのは楽しかったですし、二人の人生をそれぞれ辿ってみたら、意外とニアミスを繰り返していることもわかりました。まるで違う立場で同じエリアに滞在していたり、定信の下した命令に鬼卵がふりまわされていたり。同じ時代を、まるで違う二人のまなざしを通じて描くことで、見えてくるものがあるんじゃないのかなと。

――いかにも堅物なお役人の定信と、暖簾に腕押しを地でいく鬼卵。性格的にも真逆で、おもしろかったです。

寛政の改革で知られる定信は、清廉潔白で常に正しさを求める立派な人、ってイメージでしょう。でもこれが、資料を読んでいると、けっこうめんどくさいおじさんだな、ということが伝わってきて(笑)。

頑固だから、自分の思想が正しいと信じきっているし、お坊ちゃん育ちだから、「意外とわがまま」だって日記を服部半蔵が書き残している。彼のプライドを傷つけないように周囲が四苦八苦している様子が浮かび上がってくるところもありました。息子に家督を譲ったあともあれこれ口出しをしすぎるから、側近の広瀬蒙斎に「ちょっと引っ込んでてください」みたいなことを言われてしまった、冒頭の描写も史実なんです。それでも本人は「何が悪いの?」って感じだったんだろうなと。