知りたくないニュース

バス代を節約するために、会社帰りに駅から20分近く歩いていると、スマホがひっきりなしに震えはじめた。こんなことは初めて。19時のこのくらいの時間帯はみんな夕飯づくりに忙しく、メッセージが行き交うことはない。

――なんだろう? 

バッグからスマホを取り出して、メッセージの一部が目に入った瞬間、思わず夜道で立ちすくんだ。

――レイト! よりによってどうして10歳も年下のグラビアアイドルと結婚?

――40歳までは結婚しない、願望もないって言ってたのに、ショックすぎるよ!

――冴子さん、大丈夫? 心配……。

――冴子、推し活、一番投資してたもんね。エッセイもさ、あんなに買ってあげたのに、発売して買わせるだけ買わせてから発表するなんてレイトもひどいよ。

私は、気が付いたら近くの公園のベンチに座り込んでいた。震える手でニュースサイトを見ると、エンタメページに速報が載っている。お仕着せの、ありきたりな文言が並ぶ。

 

一条レイトさん入籍! 妊娠5カ月のお相手は、当面の間は芸能活動と結婚生活を両立する見込み。

雑誌の取材をきっかけに急接近したふたりは、2年前から同棲、周知の事実。各方面から祝福の声が上がっている。


知りたくない情報が、洪水のように入ってくる。友人からは、ひっきりなしに私を心配するようなメッセージが届いているが、そのどれもまともに読む気にはなれない。「あ~あ、なんだか冷めちゃったな。レイトを推すのはおしまいにするわ、ちょうど子どもの受験だしね」というメッセージを無言で非表示にした。スマホをバッグに戻す手が、震えている。

「振込み……また今日も忘れちゃった……期限過ぎてるのに」

クレジットカードの滞納を知らせるはがきを見て、引き落とせなかったレイトのエッセイ代金のことを思い出す。猶予期間に現金を振り込まなければ、頼みの綱のクレジットカードも止まってしまうだろう。

みんなは推し活をやめようかなあ、と気軽に言う。

お金を、時間を、情熱を、愛を投じる対象がほかにある人にとって、これは娯楽のひとつだったのだ。

じゃあ私は?

「推し活代は人生を照らす光熱費、心身を健康に保つための医療費……惜しみなく、惜しみなく」

なんとか、ベンチから立ち上がった。いつでも、だれかに配れるように持ち歩いているエッセイ3冊が入ったトートバッグ。今日は重くて、重くて、持ち手が肩に食い込んでいる。

 

次回予告
久しぶりのハワイ旅行。ところが奇妙なことが起こり……?

小説/佐野倫子
イラスト/Semo
編集/山本理沙
 

 

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