「ジェンダーレス希望」働く40代女の本音
『帰国した』
『飲もー』
意外な人物からのLINEだった。
森本朋子。何を隠そう、婚約破棄され荒れ狂っていた時代に西麻布で知り合った同い年の飲み友達である。
当時の彼女も離婚したばかりで、傷ついた女同士毎晩のように慰め合っていたのだ。
大学も職場も違うが戦友のごとき存在の彼女は、新卒から総合商社に務めるバリキャリ。3年前、自ら上海駐在に手を挙げて以来ずっと日本を離れていたがどうやら帰国したということらしい。
――朋子、ますます「オス化」してない?
久しぶりだというのに挨拶も絵文字もない簡潔すぎるチャットを見つめ、早希は苦笑する。
出会った当時は長い髪を巻いたりもしていたのに、どんどん化粧っけがなくなって、そのうちひっつめ髪しか見なくなった。そして35歳を過ぎたらなんとベリーショートにしてしまった。いま届いたLINEも、もはや男からかと見紛う色気のなさだ。
しかしそんな風になるのも仕方がないと早希は思う。
朋子や早希が就職活動をしていた当時、総合商社は男社会の最たるものだった。総合職採用の女性なんて全体の1割にも満たなかったはず。総合商社ほどではないにしろ、早希の勤める出版社だって男優位の組織だ。
「男女は平等です」と教育を受けてきたのに、社会に出たら平等なんかじゃ全然なかった。それでいて女を武器にすると軽んじられるし、セクハラ被害に遭うことだってある。
男社会で戦う女が「オス化」しジェンダーレスを推すのは、無駄に傷つけられることなく生き延びるための処世術なのだ。
『朋子、おかえり。待ってたよ!』
そう返信して、はたと思いついた。
――そうだ。皆で朋子の帰国祝いをしよう……!
朋子のことは、美穂も、先日40歳のバースデーを祝った絵梨香もよく知っている。朋子も懐かしいメンバーに会いたいだろうし、久しぶりに皆で集まれば美穂だって少しはリフレッシュになるかもしれない。
思いついたら居ても立ってもいられなくなり、早希はその場で美穂に電話をかけた。
「もしもし、美穂。少し話せるかな?」
かけてしまった後で夕食時の忙しい時間だと気付いたが、意外にもすぐ電話はつながった。
「うん、大丈夫」と答える声が柔らかいことを確認し、早希は急いで用件を伝える。
「朋子から連絡があって、ようやく帰国したみたいなの。おかえり会をやるから今度は美穂にも絶対来て欲しくて。平日より土日がいい?夜が難しければ昼でもいいし……」
すると電話の向こうから、予想外に美穂の明るい笑い声が聞こえてきた。
「朋子が帰ってきたんだぁ。誘ってくれてありがとう。うん......夜でも大丈夫」
「え……本当に?夜でもいいの?」
「うん。なんとかする」
また拒絶されるかもしれない。余計なお節介と疎まれないか心配していたのだが、思いがけず快諾してくれたのが嬉しくて、早希は満足して電話を切った。
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