キリスト教式の結婚式の誓いで、「死が二人を分かつまで」という言葉がありますが、それはいつのことで、自分と配偶者のどちらが先に旅立つかはわかりません。漠然と「年を取ったあとのこと」と思っているかもしれませんが、人生まだまだこれからの30〜40代で配偶者が突然亡くなってしまう可能性はゼロではありません。現在、イブニングで連載中の『没イチ』の主人公・白鳥学(45)も、39歳の妻・愛(めぐみ)を原因不明の突然死で失ってしまいました。

没イチ』(1) (イブニングKC)

「没イチ」という言葉を聞いたことはありますか? これは、配偶者が没し、ひとりになった人を指します。この言葉をタイトルにした本作は、まさに、いつもそばにいるのが当たり前だった配偶者がある日突然亡くなってしまい、残された一人がどう生きるかを描いた物語です。

 

永遠の愛を誓った二人でも、離婚や死別で一人になる人は少なくなく、日本人40〜59歳の男女3300万人中、死別や離別による独身者人口は300万人以上もいるのです(出典「平成27年国勢調査結果」(総務省統計局))。

 

ドラッグストアの店長として働く白鳥学(45)は、朝目を覚ますと、隣に寝ていた妻が息絶えていることに気づきます。慌てて119番通報しますが、救急隊員は愛の死亡を確認したあと、「ここからは警察の担当になりますので」と引き上げていきました。救急隊員が到着した時に既に亡くなっている場合は、病院に救急搬送されることはなく、救急隊員から警察に連絡することになっているのです。

 

次に家に来たのは警察の人たちで、事件性の有無や死因を探るための現場検証が始まりました。学は刑事から前日の妻の様子について聞かれます。風呂から上がった学が寝室に入った時、愛はもう寝ていて、寝息を立てていたことを思い出します。でも、夕飯は何を食べたかと質問され、気が動転しているのか答えることができない学。

愛は検視のために警察署に搬送されることになりました。妻が部屋から居なくなってしまった後、学は義母や自分の職場、妻のパート先、自分の親に連絡します。淡々と「今朝、妻が亡くなりまして」と関係各所に電話する学自身も、冷静でいるようでいて、現実味がないようです。

 

警察署に行くために、出かける準備をする学。髪をセットしている時にワックスが切れていることに気づき、「めぐみぃ」と妻に聞こうとしますが、呼んでも妻はもういません。

 

妻が亡くなってから半年後、学は高校時代からの友人に騙されて婚活パーティーに連れていかれます。ある参加者の女性から結婚経験を聞かれ、「半年前に妻を亡くしまして」と事実を答えた学。しかし、その女性に「奥さんが亡くなってまだ半年なのに、婚活パーティーに参加するなんてちょっと神経を疑います」と言われてしまい、呆然と立ち尽くしてしまう学(自分から積極的に参加したわけじゃないし、初対面なのに「神経を疑う」って言ってしまうあなたの方が神経疑うし!)。

友人は、学が妻を亡くしてからずっと落ち込んでいるのを見かねて婚活パーティーに連れてきたと言います(実は自分が相手を探したかっただけの様子)。でも、学からすればそう簡単に切り替えられるものではありません。すると、友人に、「お前、没イチのままずっと独りで生きてくつもりかよ」と言われ、学は黙ってしまいます。

 

45歳という学の年齢を考えると、まだまだ人生は先が長いわけで、確かにこの先一生独りきりとは言い切れません。でも、亡くなった妻のことを考えると、「はい次」という気にもなれないのも事実。妻が亡くなったという現実をそう簡単に受け入れることはできないし、ある日突然この世を去った妻のことを考えると、自分だけが次の幸せを求めてもいいものかと葛藤してしまうかもしれません。

学はこの婚活パーティーで、同じく「没イチ」の女性・百瀬美子と出会います。美子は一回り上の夫を4年前にガンで亡くしていました。学にとって彼女は「没イチ」の先輩的な存在。学が1人で住むには広すぎる今の家を引っ越すことを考えていることを美子に話すと、「じゃあウチに住みます?」と驚きの提案をされます。といっても同棲ではなく、美子が住んでいるシェアハウスへのお誘いでした。

突拍子もない提案のように見えるかもしれませんが、妻を失ったことを引きずっていて気持ちの整理がつかず、愛に任せっきりで家事もろくにできない学にとって、シェアハウスへの入居は案外いい選択肢なのかもしれません。

学が美子に、妻が亡くなってから一度も泣いていないことを打ち明ける場面があります。友人には「お前は昔からちょっと冷たいところがあるからな〜」とからかわれますが、美子は死別のショックで感情が麻痺してしまうこともあること、学は12段階ある「悲嘆のプロセス」のうち、1段階の精神的打撃と麻痺状態にあるのではないか、ということを教えてくれました。学は決して冷たいのではなく、大切な人を失った人なら誰にでも起こる反応によって泣けずにいたのです。それだけ妻への思いが深かったのでしょう。

本作の企画協力を担当している、シニア生活文化研究所所長の小谷みどりさんも、「没イチ」のひとり。学と同じく、就寝中に夫が亡くなっていたそうです。その時の経験から、配偶者との死別後にどう生きていくかを考えるようになり、「没イチ パートナーを亡くしてからの生き方」(新潮社)という本も執筆しました。学がどう妻の死を受容し、乗り越えていくのか。本作のかなりリアルな心理描写に胸が痛むこともありますが、「没イチ」は決して他人事ではありません。ぜひ本作を読んで、“残された人の人生”に思いを馳せてみてほしいです。

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『没イチ』
きらたかし 企画協力・小谷みどり 講談社

愛する妻が急逝して半年。
家事のほとんどを任せきりだった白鳥学(45歳)は“フツー”の日常生活を送るのにも悪戦苦闘中。
「この先、自分は一人で生きていけるのか?」
平凡で不器用な学は、そんな漠然とした不安を抱えながら、それでも少しずつ前に進んでいくのです。
“残された人の人生”を考えるドタバタ“没イチ”ライフ、開幕です!


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