想像してみてください。あなたが家に帰ってきたとき、夫(妻)が、あるいは自分の親が、トイレで食器をごしごし洗っていたら……。あなたは何をするでしょうか? きっと驚き、戸惑い、ついには怒って止めようとするでしょう。
認知症の人は、そんな、「私たちが困ること」を実際にしてしまう場合があります。ですが、「困った行為」をする背景には、実は人として当然の気持ちが隠されていました。行動が覆い隠してしまう「認知症の人の本当の気持ち」、それがわかれば私たちは、もっと優しくなれるし、いいケアができるはず。
長年にわたり介護の現場を見てきた渡辺哲弘さん(介護セミナー講師)が、私たちではなかなか読み解けない「認知症の人の気持ち」を明快に解き明かしてくれます。著書『認知症の人は何を考えているのか?』から抜粋してご紹介します。
「不可解な行動」をするおばあさん
あるお宅では、こんなことがあったそうです。
この家では、庭に赤いチューリップを植えていました。チューリップはすくすく育ち、3月になって、ようやく「つぼみ」ができました。チューリップを植えたお嫁さんは、花が咲くのを今か今かと楽しみにしていたそうです。
ところが、ある日の夕方、お嫁さんが仕事を終えて帰宅すると、チューリップのつぼみが全部、茎からきれいに切り取られていました。玄関先には、切ったつぼみがザルにまとめて置いてあります。
お嫁さんが留守の時間帯、家には認知症のおばあさんしかいませんでした。このおばあさんがチューリップを切ったのは明らかです。お嫁さんは、もうカンカン。「何してんの! これからせっかく花が咲くところなのに!」と、おばあさんを叱りつけてしまいました─ 。
お嫁さんにとって、おばあさんの行動は不可解です。だから怒ってしまったわけですが、認知症のおばあさんはなぜ「つぼみ」を切り取ったのでしょうか。植えられていたチューリップは赤でした。その赤くて丸いつぼみを見たおばあさんは、それが何か認識しようとします。
<これって何だろう? 自分の記憶に聞いてみよう>
おばあさんの脳は、こうして記憶を参照していたことでしょう。ところが、記憶障害が進行していたため、覚えていた〝チューリップのつぼみ〟というものを忘れていました。だから、それが何であるかわかりません。これは「失認」の状態です。
それでも、環境に適応しようとして、一生懸命考えます。〝畑に生えている、緑色の茎 についた、赤くて丸いもの〟、これが何なのか解釈しようとするわけです。〝畑に生えている、緑色の茎についた、赤くて丸いもの〟と言われたら、あなたは何を思い浮かべますか? 講演でそう問いかけると、いちばんよく出る答えが「トマト」です。そこで、仮にトマトと思ったことにしましょう。では、おばあさんは、この〝トマト〟をどうしたのでしょうか。そう、収穫したわけです。
収穫の仕方は覚えていたのです。だから、つぼみの部分だけきれいに切り取って、ザルにまとめておいたのです。だからもし、こんな行動を目にすることがあったら、読者のみなさんが、「おばあちゃんは、チューリップのつぼみを忘れてしまって、トマトか何かだと思って収穫されたんじゃないでしょうか」と、こんな説明を、おばあさんの家族にしてあげれば、「不可解な行動」が理解できるようになるでしょう。
【マンガで解説】
トイレで食器を洗おうとした
ヨシダさんの気持ちとは?
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