本当は「優しさが裏目に出ている」だけ
ここでちょっと立ち止まって、こう考えてみてください。
<おばあさんは、お嫁さんに迷惑をかけたくて、つぼみを切り取ったのか?>
人が何か行動するとき、その背景には必ず「気持ち」があります。おばあさんの行為を収穫ととらえるなら、そこに悪意があるとは考えにくいでしょう。
では、おばあさんの行為の背景には、どんな「気持ち」が隠されていたのか。この認知症のおばあさんには、収穫の仕方以外にわかっていることがありました。それは何かというと、
●「お嫁さんが仕事をしている」ということ
●「お嫁さんが毎日忙しくしている」ということ
この2つです。家族が仕事で忙しそうにしている一方、自分は家にいてやることがない── 。そんなとき、あなたはどう考えますか? <何かちょっとでも、自分にできることをやっておこう>と思うのではないでしょうか。
人はみな同じで、誰かの役に立ちたいのです。認知症の人もそういう気持ちを失わずに持っています。このおばあさんは、きっと<忙しいお嫁さんの代わりに、トマトの収穫をやっておこう>と思ったに違いありません。そう考えると、さっきの「病気の視点からの説明」だけでは不十分であることに気づきませんか?
「おばあちゃんは、チューリップのつぼみを忘れてしまって、トマトか何かだと思って収穫されたんじゃないでしょうか」
という説明に続けて、
「おばあちゃん、トマトがおいしいものだということをわかっているんですね。お嫁さんが留守の間にした......、そりゃあそうですよ、お嫁さんが忙しいのがわかってるんですから。だからお嫁さんが帰ってくる前に何とかしておこうと思って、おやりになったんじゃあないでしょうか。お嫁さん思いの、優しいお義母さんですね」
とこんなふうに、認知症の人の「気持ち」まで汲み取った説明がベストなのです。
言い換えると、おばあさんの行動は、認知症という病気のため、「優しさ」が裏目に出てしまっただけなのです。家族のことを考えなかったら、おばあさんは絶対、チューリップの花を摘み取らなかったはずです。
認知症の人に接するとき、「認知症」の視点から考えてみることの大切さは、第2章ですでに指摘しました。でも同時に、人としての「気持ち」にまで目を向けないと、大切なことを見落としてしまう─。 おばあさんのケースは、そんなことを教えてくれています。
著者プロフィール
渡辺哲弘 Tetsuhiro Watanabe
「株式会社きらめき介護塾」代表取締役。1971年、愛知県生まれ。大学卒業後、 障害者施設・高齢者施設などの現場で約20年経験を積んだ後、2013年に「株式会社きらめき介護塾」を、2015年に「一般社団法人きらめき認知症トレーナー協会」を設立。専門職や地域に住む一般の方向けの講演を行うとともに、「職場や 地域で認知症をわかりやすく伝えられる人材の育成」を目的に、独自の講師養成 講座なども実施。日本国内のほか、ハワイや中国にも講演に招かれた実績がある。介護福祉士、社会福祉士、認知症介護指導者(滋賀県)などの資格を保有。 著書に『はじめてでもわかる! 認知症なるほど事例集』(QOLサービス)など。
『認知症の人は何を考えているのか? 大切な人の「ほんとうの気持ち」がわかる本』
著者:渡辺哲弘 講談社 1540円(税込)
13万人がその講演を受講した人気講師が教える「認知症の真実」。お風呂に入らない、同じことを何度も聞く、うろうろ歩き回る……認知症になったお年寄りが見せる、こんな不可解な行動は、実は人として当然の気持ちから起きていることでした! 症状に隠されがちな認知症の「人の思い」を読み解く手がかりが見えてくる1冊。実際に介護の問題を解決したケア事例も満載です。
構成/からだとこころ編集チーム
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