毎日着る服をおざなりにしてはいけない理由

 

テーマは「日々の過ごし方」へと変わり、「遊びは真剣に、仕事は楽しく」を主義とする下重さんは、仕事も趣味も自己表現であり、それができていないのは「死んでいるのと一緒だと思っています」と切れ味鋭い言葉を発します。そこから、話題は定年後の男性の服装問題へと発展していくのでした。

田原 定年を過ぎたら、男も料理とか新しくやることを見つければいいんだけど、「やることがない」と言っては、家でゴロゴロしている人も多いですね。

下重 リタイヤした男の人って、まず外見に気を遣わなくなるでしょう。あれがよくないと思います。誰にも会わないからといって、毎日、同じジャージーを着ていたり。

田原 よく聞くね。特に奥さんに先立たれたりすると、1週間同じ服を着続けて、ようやく洗濯しようかという感じの人もいる。

下重 そこを変えるだけでも、気分が前向きになりますよね、きっと。私は子どものときからお洒落がすごく好きなんです。それは流行に乗り遅れたくないとかではなく、服装というのは自分を表現する手段だから。今日も田原さんと会うのに何を着ていこうか、今日の対談のテーマやお相手に合ったものはどんな服装かって、いつも考えています。男性だってそうでしょう。会社に行くときと、ゴルフに行くときでは違うものを着ていたはずです。だったら、仕事がなくなっても、今日の予定に相応しい洋服は何かと考えるべきです。

 

服に気を遣わないのは、その日を真剣に生きていない証拠


田原 下重さんは自宅で仕事をすることも多いと思うけど、そういうときも洋服に気を遣うの?

下重 当たり前じゃないですか。家にいても毎日違う洋服を着ています。一昨日着たものを今日着ることはあるけど、上から下まで二日続けてまったく同じ洋服を着ることはありません。それは自分の気持ちのためですよ。気持ちを作るためっていうか、一種の演出です。昨日の私は今日の私とは違うんだよ、ということですし、洋服に気を遣わないのは、日々を真剣に生きていないということでもあります。向田邦子さんが言ってました。普段の仕事着がいちばんお金のかかったいいものを着ているって。誰に見せるわけでもないし、仕事部屋にこもってひとりで頭を搔きむしっているだけなんですよ。それでも小説なり脚本なりを書いているときは、いちばん着やすくて、質がよくて、高価な服を着ていたそうです。見事ですよね、あの人は。

田原 それは仕事を大切に考えていたということだし、その日その日を大切にしているということでもある、と。定年退職した男たちが毎日同じ服を着ているのは、真剣に生きていないということだ。

下重 その通りです。少なくとも毎日洋服を着替える。それだけでも確実に気分が変わるし、明るい気持ちになるはずです。