今、自分のそばにいる人との限りある時間を、大切にできるように


桜には大切な人との思い出があるという人も、少なくないのではないでしょうか。かく言う私もそのひとり。思い出があるからこそ、そばにその大切な人がいないと、桜の時期を辛く感じてしまうこともあります。

 

私の父は、ゴールデンウィークの頃に亡くなりました。両親が住んでいた仙台は桜がまだ咲いている頃です。

母は病院に行くたびに、涙を流さないように病室の前で深呼吸して、今日、何を話そうか、と考えてドアを開けていたと話していました。なるべく明るい話をしたくて、毎年行っていた桜の花見の話を度々したそうです。「今年も見に行きたいね」と。

 

ある日、父は、
「もう、桜の話はしないで」
と言ったそうです。自分がもう桜を見られないと感じたのかもしれません。その話を聞いた時、私は父や母がそんな辛い時間を過ごしているのかと涙が止まらなくなりました。

だから、桜を見ると今でも、私の心の中にはチクンと痛む場所があります。

毎年、綺麗に咲く桜。すぐに散ってしまうけれど、桜の咲く時期には大切な誰かと一緒に桜を見たくなります。


著者プロフィール
大森あきこ(おおもり・あきこ)さん

1970年生まれ。38歳の時に営業職から納棺師に転職。延べ4000人以上の亡くなった方のお見送りのお手伝いをする。(株)ジーエスアイでグリーフサポートを学び、(社)グリーフサポート研究所の認定資格を取得。納棺師の会社・NK東日本(株)で新人育成を担当。「おくりびとアカデミー」、「介護美容研究所」の外部講師。夫、息子2人の4人家族。

『最後に「ありがとう」と言えたなら』
著者:大森あきこ 新潮社 1485円(税込)

故人を棺へと移す納棺式。ごく限られた時間の中で、納棺師は遺族、そして故人と会話を重ね、その人らしい旅立ちの準備を整えます。冷たくても夫の手でもう一度頭を撫でてほしい。お母さんをいつものいいにおいにして見送りたい。亡くなった大切な人との新しいつながり方を懸命に探す、残された家族たち。4000人を見送ったベテラン納棺師も思わず目頭を熱くした、ひとつとして同じものがない「お別れ」の物語。



構成/金澤英恵