フランス人の夫のサプライズ
しっかり食べてはいるが不調もあり、妊娠七ヵ月目というのに妊娠前から4kgしか増えていない。
増えすぎると産後に体重を戻すのが辛いだろうが、少なすぎては胎児に悪影響では……周囲から何気なく「ずいぶん小さなお腹」と言われるたび責められている心地がして、苦しい。
――どうか赤ちゃんに栄養が行き渡っていますように。
ジュッと威勢の良い音を響かせて餃子を焼きながら、強く願わずにはいられなかった。
「1600g。少し小さめだけど平均範囲内だね。出産までに約二倍の重さになるよ」
三度目、最後のエコーで「全て順調」と太鼓判を押され、リュカと手を取り合って喜んだ。
「蘭を不安にさせると思って言わなかったけど、実は僕もすごく心配だったんだ。でも、もう安心! 蘭の誕生日祝い兼、二人ですごす最後のヴァカンスを目一杯楽しもう」
もうすぐフランス北部にあるリュカの実家に一週間帰省することもあり、パリ近郊のヴェルサイユで二泊三日のミニ旅行としゃれこんだ。
宮殿とその庭を見て歩くだけで疲れてしまったが、今回の一番のお目当てはホテルのお風呂。アパルトマンにはシャワーしかなく、お腹が大きくなってからは正方形の狭いユニットでお尻をついて足を洗っていた。なにより身体をゆっくり温められないのが辛かった。
フランスの浴槽はカヌーのように長細い。洗面所に設置されていることがほとんどで、天井も高く広い空間だから、湯を張ってもすぐ冷めてしまう。それでも身体を横たえ、たぷんと浸かると「ほぇえ」とため息が漏れるほど気持ちよい。
しみじみと思う。日本のものでなにより恋しくなるのは、お風呂だ。
仰向けで浴槽に長々と伸びると、突き出たお腹だけぽこんと湯から飛び出た。小島のような自分のお腹をじっと見つめていると、波立つようにぐにんぐにんと動く。
自分の意志とは全く関係なく形を変えるお腹は、自分のものという感じがしない。謎の生物を観察するごとく飽きずに眺め続けていると、ノックの音がした。
「お誕生日おめでとう!」
どこに隠していたのか、リュカが大きな薔薇の花束と入浴剤を持って入ってきて笑ってしまう。
裸で花束を抱えさせられ不便極まりないが、入浴剤でしゅわしゅわピンク色に染まっていく湯にぽっかり浮かぶお腹を、リュカが幸せそうに眺めているのがなにより嬉しかった。
妊娠後期に入った蘭を、今度はマタニティブルーが襲う......?
<新刊紹介>
『燃える息』
パリュスあや子 ¥1705(税込)
彼は私を、彼女は僕を、止められないーー
傾き続ける世界で、必死に立っている。
なにかに依存するのは、生きている証だ。
――中江有里(女優・作家)
依存しているのか、依存させられているのか。
彼、彼女らは、明日の私たちかもしれない。
――三宅香帆(書評家)
現代人の約七割が、依存症!?
盗り続けてしまう人、刺激臭が癖になる人、運動せずにはいられない人、鏡をよく見る人、緊張すると掻いてしまう人、スマホを手放せない人ーー抜けられない、やめられない。
人間の衝動を描いた新感覚の六篇。小説現代長編新人賞受賞後第一作!
撮影・文/パリュスあや子
構成/山本理沙
第1回「「男性不妊」が判明した、フランス人の年下夫。妻が憤慨した理由とは」>>
第2回「「赤ちゃんがダウン症ってわかったらどうする?」フランス人の年下夫の回答」>>
第3回「フランスと日本の「妊婦事情」のちがい。ダウン症検査への母の思いは...」>>
第4回「フランス人助産師の衝撃のアドバイス。日本人妊婦の不安とは? 」>>
第5回「「もう私を女として見られなくなった?」性欲に蓋をされた妊婦の、羞恥と怒り」>>
第6回「ベビー服をそろえ、胸が熱くなるも...妊婦が感じる「寂しさ」の理由 」>>
第7回「「お腹の赤ちゃんの顔が、まさかの...」妊娠7ヶ月の母親が驚愕した出来事とは? 」>>
Comment