文化的誤解を生まないようにするARMYの慎重で真摯な姿に興味を惹かれた
小島慶子さん(以下、小島):イさんは私と同じくもともとはアイドルファンではなかったそうですが、まずはなぜBTSに興味を抱き、そしてARMYを公言するに至ったのか、その経緯を教えてください。
イ・ジヘンさん(以下、イ):2017年、AMA(アメリカン・ミュージック・アワード)でBTSが受賞しました。その時に、現地のARMYが「DNA」を歌うBTSに対して一糸乱れぬ声援を送っている光景を目の当たりにして、私は衝撃を受けてしまって。
なぜ韓国の文化がこれだけアメリカで受容されたのか? 気になって調べてみると、ファンが自主的にBTSの曲の歌詞やインタビューなど大量のコンテンツを翻訳して拡散していることを知りました。しかも、文化的な誤解が生じないように、とても慎重に訳している。その勤勉さ、責任感の強さ、献身的な姿勢や団結力は感動したんです。
BTSの外見的な魅力だけではなく、努力する姿や真摯な人間性に惹かれていて、彼らが活躍すると自分のことのように嬉しい。BTSとARMYが築いてきた関係性は社会学者としても興味深く、見守りたいと思ったことが始まりでした。
小島:BTSがかつてないファンダムを形成することができたのは、あの7人だったからなのか。それとも、YouTubeなどで人柄や成長過程を赤裸々に見せていく手法が功を奏したのか。どちらの要素が大きかったと思いますか?
イ:両方だと思います。まず、所属事務所のHYBEでさえBTSの成功法則を再現できず、第二のBTSを作るのは難しいと考えているんですよ。それだけ、あの7人が出会ったのはすごく特別だったということです。
そして、やはり最初からパーフェクトな人よりも、最初は未熟な部分があった人が経験を重ねて成功する過程を応援したくなりますよね。そうやってアイドルとファンが時間を積み重ねて一緒に成長していくカルチャーは日本にも浸透しているのではないでしょうか。
小島:アイドルとファンとの関係ではときどき、ファンが一方的にアイドルに幻想を重ねて消費しているように見えることがあります。ファン個人は献身的に応援しているつもりでも、ビジネスの構造としてはアイドルに対する支配欲を満たすことができるようになっている点にも違和感を抱いていました。でも、BTSのファンには、そうした“無自覚な搾取”を感じなかったんですよ。結果としてBTSにとって、ファンの熱意がプレッシャーになることはあるにしても。
イ:男性ファンが女性アイドルをサポートする日本のカルチャーを“オタク文化”と言いますよね。それはファンとアイドルが影響を与え合う相互作用というよりも、小島さんがおっしゃったように幻想を楽しみたいという欲求だと思います。
でも、ベースとなっているのは、「すぐそばにいる女の子の夢が叶うように僕たちが手伝う」という考えですよね。未熟だけど誠実な存在、夢に向かって頑張る存在を応援するという気持ちは、ARMYと似ている部分だと思います。
とはいえ、韓国ではあまりに未熟な存在は応援されないんですよ。競争社会だからか、努力に裏打ちされた実力とスキルを必ず備えていなければなりません。そこが韓国と日本の違いではないでしょうか。
しかし、BTSはこれまでのK-POPアイドルとは一線を画しているのは確かです。BTSはファンに幻想を与えるだけでは満足せず、ファンもBTSのニセモノの幻想には満足しない。お互いが自分の内面をさらけ出したいという気持ちが、BTSとARMYの間にはあるように感じます。
イ・ジヘン
梨花女子大学で理学士、米国カリフォルニア芸術大学で芸術学修士(映画演出)、中央大学先端映像大学院で映画学博士(映画理論)の学位を取得。 檀国大学や延世大学などの講師を経て、現在は中央大学で映画についての講義を担当。映像物等級委員会の委員も務める。博士学位論文のテーマは「破局と映画:21世紀の映画における破局の感情構造」(2015)。 ポストヒューマン、映像文化と現代性の関係、ニューメディア時代の大衆文化研究に関心を持っている。
研究論文:「韓国ファンタジードラマの現在:超人とタイムスリップモチーフの明暗」(2017)、「連鎖する災難の世界を渡る:黙示録的ポストモダン再現の様相」(2017)、「後期資本主義時代におけるハリウッド陰謀論映画の政治性」(2014)ほか多数。
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