自分は「ジャッジする側」を信じて疑わない人たち


この本では、教授や作家など5人(うち女性は1人)の各分野の専門家と小島さんが対談し、おっさん性について考察を深めていきます。5つの対談は、それぞれおっさん性についてとてもアカデミックに検証され掘り下げられています。

なかでも、私は恋バナ収集ユニット「桃山商事」の清田隆之さんとの対談、「“おっさん”的コミュニケーションの手放しかた」が特に印象に残りました。「身体性」から見るおっさん性なるもの、という項目では、男性の自身の身体に対する無頓着さや無自覚さについて語られています。

女性たちは絶えず身体の問題と直面していて、切迫した時間軸を生きているように感じられてなりません。生理のサイクルがあったり、妊娠のリミットを意識したり、それが身体感覚の鋭敏さにつながっているように僕からは見えます。
――本書 P.39より

清田さんが指摘するように、確かに女性は身体に常に向き合わざるをえない属性といえるのかもしれません。初潮〜閉経や更年期障害なども経験し、常に自分の身体の波や加齢による大きな変化にさらされます。それだけでなく、常に顔や体型と言った容姿でジャッジされる。そういう視線にさらされ続けるといった点でも、自身の身体に客観的にならざるをえないとも言えます。

 


一方、清田さんは男性についてこう指摘します。

大げさに言えば「身体がない」んじゃないかと思うくらいその感覚が希薄です。
――本書 P.39より

しかしそんな男性にも、2箇所だけ身体感覚が鋭敏なところがあるんだとか。それが頭皮と性器だそうです。それを端的に表したワードが出てきますが、パワーワードすぎるので自主規制しておきます(詳しくは本の中で)。

結構衝撃でしたが、妙に納得するところもありました。自分のことは棚に上げて、自分は女性をジャッジする側なのだと信じて疑わない人っていますよね。ずっと不思議に思っていたのですが、こうした「身体感覚の差異」が影響しているのかもしれません。