本当は、年上の医者なんか好きじゃない


「私、年下で控え目なタイプの男性が好きなんです……。癖が強い親族と、万事に命令してくる両親のもとで育ったので、無意識にアレルギーがあるのかもしれません。価値観を押し付けて来ない、のんびりしたタイプの人にときめきます。一方、年上だと親と重なって、萎縮してしまって。 でも、お見合いで出会う方は、母が開業医という条件を付けているので、だいぶ年上の方が多かった。

なんとか自分の好みを押さえつけてお見合いを進めましたが、婚活は次第に私の中で就職活動のような意味合いを持ってしまい、それと並行して、生活の中で出会うカフェの店員さんとか、OB訪問にくる学生さんとか、年下の男の子とお付き合いをしていました。本気で好きになるものの、どうしても、彼は医者じゃない、と思うと母には紹介できなかった。刷り込みって凄い威力ですよね……バカバカしいとお思いでしょうが、医者と結婚するのは私の中では絶対の掟でした。これ以上、母を失望させたくないという気持ちもあったと思います」

 

親を失望させたくない、という言葉は、取材中何度か凛子さんの口からきかれた言葉でした。他者の立場としては、成人したのだから全て親の思い通りに生きる必要はないのだと思うものの、「あなたのため」「こういう結婚でないと不幸になる」という刷り込みがあまりにも強烈な場合、そこから20代で脱するのは容易ではない様子でした。子どもは基本的に親が好きで、悪く思いたくはないもの。それがたとえ極端な考え方でも、親が掲げると支配力を持つのだと目の当たりにする思いです。

 

恋愛と結婚がまったく結びつかないまま、ちぐはぐな交際が続き、凛子さんの20代はあっという間に終了したと言います。

ついには「医者と結婚できないならば、実家には二度と帰ってくるな!」とご両親に言い渡された30代、凛子さんが32歳のときに、のちの夫となる高志さんと出会いました。

「ワインスクール仲間だった彼は、正直にいって見た目は好みではありませんでしたし、年齢も10歳ほど上。友人として付かず離れずお話をしていました。しかしある日、開業医でいらっしゃることが発覚。穏やかな人となりは分かっていましたから、友情らしきものなら感じています。そのおかげで普段なら年上の方には萎縮してしまいますが彼は大丈夫。お見合いより断然いい、好きになりたい、と自分からワインバー巡りを提案しました」

華やかでコケティッシュな凛子さんが本気でアプローチをすると、高志さんはほどなくして好意を寄せてくれるようになったそう。のちに彼は、これまで女性と親密な関係になったことはなかったと語ったそうです。激務で忙しく、出会いも少なくなかったのでしょうと凛子さん。

すぐにお付き合いがスタート。この時期のことを、凛子さんは苦い表情で語ってくれました。

「とにかく、ここで結婚したい、絶対に決めたい、その一心でした。高志さんは穏やかな性格で、とてもラッキーだと思いました。

これまでのお見合いの経験から、開業医の息子さんでご自身もドクターの方は、ご両親に丁寧に育てられ、進路もご両親の望むように素直に頑張った方も多い一方で、信じられないくらい我儘な方もいました。素直なほうのパターンであれば大歓迎、そう思ったんです。本当、最低ですよね……」

次第に凛子さんの人となりがわかってきました。人当たりがよく、朗らかに見えるのですが、シビアな一面をお持ちです。頭の良い方で、でもそれを見せないようにふんわりと振舞っているようです。ご両親の影響が少なからずあるように感じられました。きっと男性の前でも、相手を立てて振舞っているのでしょう。

「でも、結婚するまでにはまだハードルがあって……。お付き合いをして半年経った頃、ある日、高志さんが済まなそうに言いました。『凛子ちゃんごめんね、釣書き、って見たことある? 母がね、凛子ちゃんの釣書きを見たいって聞かないんだ』」