おどおどした彼女の、奇妙な行動


「あのう、これ……書かなきゃ入れない、ですか?」

17時半を過ぎると、すっかり来客は少なくなる。地下の受付はクローズし、遅番の2人だけが正面エントランスに着席するものの、暇を持て余すため、背筋を伸ばしたまま小さくしたウィンドウでネットサーフィンをするのが常だった。

しかし、その日は珍しく、いかにも初来訪と思しき20代の女の子がやってきた。受付カウンターよりずっと前の、自動ドア横に立っている守衛さんが、ちらりと目配せした。

見たことのない来客で、少し気になる、という合図だった。

 

「お客様、いらっしゃいませ。お手数をおかけ致しますが、あちらの記帳台にて受付票にご記入をお願いいたします。もしも社員の所属部署がわからない場合は、フルネームをご記入いただければこちらでお調べいたしますので、そのままお持ちくださいませ」

隣に座った美加が、立ち上がってにこやかに案内をした。来客の女性は、美加と同じくらい、20代後半に見えた。ファストファッションを無難に組み合わせていて、合皮の茶色いバッグが少しくたびれている。この会社の女性社員は、お給料がとてもいいこともあり洗練されていて、それを見慣れた目には、彼女の「愛されファッション」が少しやぼったく見えた。

 

「あ……あの、1階の奥にコーヒーショップ、ありますよね、あそこに行きたいです」

彼女が定まらない視線をあちらこちらに投げかけながら、つぶやいた。

「承知いたしました、それではショップのお客様としてゲストカードを発行いたしますので、お手数ですが、お客様の名前をご記入いただけますか?」

「そうなんですね……あの、じゃあ、記入しないでロビーにいても、いいですか?」

美加が淀みなく案内をすればするほど、彼女の声は不思議と小さくなった。

「え? あ、社員とお待ち合わせでしたか、その場合はあちらにおかけになってください。こちらから内線でお呼び出しいたしましょうか?」

「いえ、あの、やっぱり大丈夫です」

彼女はモゴモゴとつぶやくと、広々としたエントランスホールのセンターにあるベンチソファには目もくれず、踵を返して自動ドアから出て行った。

「……なんか妙なコでしたね。社員さんの彼女かな? 言ってくれたら取り次ぐのにな。訳ありですかねえ」

受付周辺の人通りが再び絶えたところで、美加が紗季にヒソヒソとささやく。

「そうね……コーヒーショップがあることは知ってたみたいだし、社員に友達がいるのかもね。でも大丈夫よ、多分もう一度いらっしゃるわ」

「え!? なんでわかるんですか? まさかお局センサー?」

「美加ちゃん、お局の意味、わかって言ってる?……まあいいけどね。ふ、ふ、ふ、あえて言えばバツイチの勘かな」

「ええ? 何の関係が!? って帰ってきた! 紗季さん、あの子帰ってきましたよ!」

紗季が視線を上げると、さきほどの女の子が、入口付近の記入台で来社票に記入している。

警備員が、再びこちらに視線を寄越した。