「ランチタイム」という抜け穴


――おはよ! ようやく金曜だね。久美にぴったりのお店、個室で予約しておいた。18時半に現地で会おうね。

エプロンのポケットで震えたスマホを、さりげなく取り出して、夫に背を向けたまま確認する。こういう行動は危険だとわかっているが、今日は早く見たいという気持ちを抑えられない。待ちわびたメッセージを読んだ瞬間、体の中心から痺れるような甘い感覚が広がる。

蓮人とは、大学時代に付き合っていた。私の初めての男ということになる。3カ月前、仲間の祝いの席で再会し、メッセージをやり取りしている。たまたま私がパートで働いている会計事務所と、彼のオフィスが近く、歩いて話題の定食屋さんでランチをしたのが始まり。

普段着で、コートも着ずに、スマホだけを持って正午に会う気安さが、私たちからあっという間に警戒心を取り払い、言い訳を与えた。

 

蓮人はもちろん結婚していて、小さな娘が1人いる。私には残念ながら子どもがいない。この組み合わせは、意外にも悪だくみに適した期間だった。男の妻は、育児に必死で夫から関心が逸れ、女は最後の女としての時間を惜しむ。

――楽しみ。でも18時半て、ずいぶん早いけど大丈夫? お仕事入っちゃったら、遠慮せずリスケしてね?

晃司さんはトイレに入ると長い。ドアが閉まる音を確認すると、キッチンに立ったまま蓮人にメッセージを打った。心にもない言葉だ。リスケなんて絶対に許さない。今夜はお互いに大学の仲間と新年会だということにして、深夜の帰宅の口実を作っていた。

 

18時半という時間は、密会には随分と早い。蓮人が選んだレストランはホテルの中にあるお寿司屋さんで、明らかに「次」を想定している。

今日はパートも休みを入れてある。晃司さんが出社したら、バスソルトを入れてまずはゆっくり半身浴をして肌の血色を良くしよう。それから晃司の夕飯を作り置きする。もちろん、彼の好物をたっぷり用意してやらなくてはならない。

夕方にはヘアサロンの予約を入れてあるから、カットとヘッドスパ、それからアロマトリートメントをしてもらう。メイクは家でベースを作っておいて、待ち合わせの前、ホテルに30分早く着くようにして直前に丁寧に仕上げたほうが崩れないはず。彼の記憶の中の私は10代なのだ。張り合うことはできないが、失望されるのは我慢できない。

ほかになにか、やっておくべきことはないだろうか? 

私は、はじめての不埒な情事への期待と不安で、胸がどきどきするのを感じていた。

苛立つアクシデント


「え? ちょ、ちょっとどうしたの? なんでこんな時間……」

ガチャガチャと鍵を開ける音がして、ぎょっとして玄関に行くと、なんと晃司が帰ってきた。夕飯を作り終え、着替え終わったところだ。私は動揺のあまり、絶句する。これでは計画が台無しだ。時計は15時半を指していた。

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ありふれた日常に潜む、怖い秘密。そうっと覗いてみましょう……
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