無関心の行きつく先は……


「うーん、どうだろう? 郵送だった? ちょっと記憶にないけど……うんうん、そうだね、もし週末も具合悪かったら、有給とって病院に検査に行ったほうがいいかもね」

晃司さんは、ふう、と小さく息をつくと、目を閉じて布団の中で身を縮めた。私の外出阻止は諦めたようだった。私が電気を消して、寝室を出ようとすると、彼が布団をかぶったまま「お前、ほんと身勝手だな。置いていくか、普通」と毒づいた。

それに反論することなく、私はドアを閉める。

素早くハンドバッグを取り出して、必要なものを詰めていく。小さくたたんだ下着も、ポーチに忍ばせた。

唐突に、5年前のあの日を思い出す。

待望の赤ちゃんを授かって、慎重に、慎重に暮らしながら喜びを噛みしめていた。もうすぐ5カ月、というとき、異変があった。すぐにかかりつけの産婦人科に電話をして、タクシーで飛び込んだが、どうすることもできなかった。

原因不明の流産。妊娠できたのはそのたった1度きり。結婚して10年以上経つからには、どちらかに原因があるのだろう。

私は緊急手術をして3日間入院をしたあと、自宅療養になった。体もひどい具合だったが、それ以上に精神的ダメージが大きすぎて、処方された睡眠導入剤と痛み止めを飲み、それでも眠れずにひたすらにベッドで泣いていた。

「まだ寝てたほうがいいな。俺がここにいてもできることはないからさ、ちょっと出てくるわ」

夕方、ちょっとそこまで、という雰囲気で、私を置いて出かけた晃司さん。そのまま朝まで帰らなかった。

夜の9時を回って、心細くなり電話をかける。なぜか出ない。1時間置きが30分おきになり、明け方まで一睡もせずリダイヤルしつづけた。空が白んだ頃に帰ってきて、コンビニで買ってきた肉まんを差し出し、「差し入れ。ごめん、友達とサッカーバーで騒いで、そのままカラオケに行って電話気づかなかった」と告げた無神経さ。災難だったなあ、という他人事にほかならない慰め。

忘れはしない。

あの夜、世界でたった一人、子を喪った悲しみを分かり合えるはずの夫に受けたその仕打ちを。

 

不意に蘇った記憶に囚われ、玄関で止まってしまった私を現実に戻したのは、スマホの着信音だった。

――久美、早く会いたいよ。今夜は大丈夫そう?

もちろん。「万難」を排して、行く。私はハートの既読マークをつけて、きゅっと細いヒールのパンプスを履く。

そういえば。玄関横の手紙やDMボックスをちらりと見る。半年くらい前に来た晃司の健康診断の結果通知書に、「要再検査」とあったことをふと思い出す。胃に影がある、というような内容だった。

 

今日まで忘れていたのは、意図的だろうか、夫への無関心のなせる業か。

どちらにせよ、残念なこと。あなたにも、私にも。

私はダークなイチジク色のリップをたっぷりと塗って、玄関を出た。

【第2話予告】
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イラスト/Semo
構成/山本理沙