本題の落語がやりにくくなるほどの、壮大なマクラも。作った話はわかっちゃうから、だいたい実話です


――今回の書籍に掲載されている『諸般の事情』はまさに“マクラが一席の落語”になった例です。

一之輔:マクラとして始めたのに結局40分くらい喋っちゃったから、本題の落語がやりにくくて(笑)。もしそこから落語を始めたら、お客様も「これから落語に入るのかよ」って戸惑っちゃう。だから高座を下りました。ウケたから、これはこれでいいかなって(笑)。一席モノの噺のようになっちゃいましたね。

 

――この『諸般の事情』は、実際に一之輔さんに起きたダブルブッキングにまつわるお話。一之輔さんが体験したほどのスケール感ではないにしろ、小さなダブルブッキングはいつ、誰に起こっても不思議ではないからこそ、観客も大いに共感し、そこに笑いが生まれます。このお話はこれからも一之輔さんの中で、持ちネタの落語のひとつとして残るのでしょうか?

一之輔:どうでしょうね。僕、飽きっぽいですから(笑)。しかも、前に喋ったことをすぐに忘れちゃうんですよ。ちゃんと書き留めておいて、初めて聴く人の前でやれたらいいんでしょうけどね……。(笑福亭)鶴瓶師匠は、そういうのを『私落語(わたくしらくご)』として成立させ、ちゃんと登場人物を描いて、演じ分けて、落語にされていますからね。そういうふうにできればいいなぁと思いつつも、一方では“鮮度”が大事だと思うんですよ。飽きっぽいんで(笑)。あれは去年の話。今年また面白いことがあれば、それをマクラとして、または一席モノとして話せたら。

 

――あんな面白いことと出くわしてしまう、一之輔さんがすごいです。

一之輔:だいたい実話ですよ(笑)。作り物……というか、作った話って喋ってても気持ちがのらないんです。「面白い話があるんですよ」って言って作り話だったら、お客様も絶対に分かっちゃいます。それって、普段の生活の会話でもそうじゃないですか? だから、リアルな話をちょっと肉付けしていくほうがいいですね。僕自身の気持ちものると思いますし。


――『まくらの森の満開の下』は週刊朝日での連載『ああ、私それよく知ってます。』を書籍化したもので、『いちのすけのまくら』『まくらが来たりて笛を吹く』に続く3冊目。連載は2014年にスタートしたそうですから、すでに9年目に突入です。書き始めたときと比べて、内容やテンションに変化が生まれてきたんでしょうか。

一之輔:回数を重ねていくと、何というか……。“常にホームラン”じゃなくてもいいかなって思うようになりました(笑)。今回は“振り逃げ”くらいでいいか、とか。あ、女性が読む媒体で野球に例えるのもふさわしくないですね。すみません(笑)。

毎回ホームランじゃなくても、「今回は書きにくいけど、こんなのでどうでしょう?」って、編集担当さんに送ってます。週刊連載ですからね。それくらいでいいんですよね?(と、後ろで見守る担当編集さんに振り返って確認をとる一之輔さん)