介護士以上の介護ができても、親の幸せにはつながらない

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川内 優秀なビジネスパーソンは、仕事の課題を解決するように親の認知症を治そうとして、リハビリや食事などをあれこれ試すことも多いのです。そして、元が有能なだけに、プロ以上の介護技能を身につけたり、料理を覚えたり、リハビリの手法に通じたりする人も珍しくないんです。

しかし、認知症は不可逆的な状況にあることがほとんどで、よかれと思って組んだ療法が、衰えた親には過度な負荷をかけてしまうことになりがちです。子どもは「こんなにやったのに、全然成果が出ない。親は真面目にリハビリしていないのでは」と感じ、一方、無理をさせられる親は子どもを嫌い始め、親子関係が崩壊し、行き詰まった子どもが親に手をあげてしまう。そんな最悪のケースにもつながりかねません。

――今なら分かります。自分も、母の部屋のだらしなさや、運動をしたがらない様子、いいかげんな受け答えを見てイライラしたことがあります。それを感じた親が、無理をしてバスに乗らずに歩いてしまったこともありました。

川内 もしかすると介護経験がない方には「そんな些細なことで、親に厳しい態度を取るなんて、あり得ない」と思われるかもしれませんよね。が、特に認知症の多くはじわじわと症状が進んでいくのが当然なので、親を思う気持ちが強い方ほど、衰えに向き合っていくのがつらくなる。

「なんとか元に戻ってほしい」と考えるのはまったく自然なことです。無理なリハビリを強いる気持ちが生まれることも当然なのです。

 

優秀な人ほど、撤退せずに頑張ってしまう悲劇


――うーん。

川内 「会社を辞め、自分で介護士になって親の介護をする」というのは、美談のようですが、親にとても子にとっても最悪の選択だと思います。そして、それが起きる素地は優秀な人ほど持っている。

自らプランを考え、現場の先頭に立って、高い目標に挑む、という仕事での成功パターンは、介護では「目標がどんどん後退する」「現場にいると肉親に対して冷静な判断がしにくい」という2つの理由から、非常に相性が悪い。むしろ「やってはいけない」。

「これは大変だ」ということは、本人もすぐに気が付くでしょう。でも「高い目標に挑む」精神力を持ち、成功体験もあるから、「ここで諦めてはいけない」と、もっともっと頑張ろうとするし、悪いことに、頑張る気力体力もあるわけです。誰にも頼らずに、引き返せないところまで進んでしまう。