――そしてどんな鉄人でも気力体力は無限ではないですから、いずれ破綻はやってくる。

川内 「となりのかいご」がまとめた「介護離職白書 介護による離職要因調査」によれば、介護離職する方々のうち、半分が介護開始から2年で辞めています。

――始めて2年で限界を感じ離職してしまう人が多い。その前に誰か、それこそ人事に相談とかは……。

川内 調査の結果を見ると、離職した経験がある方には「介護のことで心配事や愚痴を聞いてくれる人」がいなかったことがうかがえます。先ほどの調査でわかったのですが、ちょっと意外なのは、会社への相談は離職経験者も離職しなかった方も、上司、職場の同僚、会社の相談担当窓口でそれぞれ3〜5%程度と低く、離職経験者のほうが比率はむしろ高かったんです。
 

「当社は介護休暇制度があります」は、とっても危険

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――ということは、介護について会社は頼りにされていないし、実績もないと。これを知らないと、会社側は「親の介護をするために休暇がほしい」と言ってきた社員に「偉い! 親孝行だ! たっぷり休んできなさい」という対応をしてしまいそうですね。

 

川内 実際、新型コロナ禍で在宅勤務が可能になったじゃないですか。

――そうか、「在宅になったから、働きながら親の面倒も見られるぞ」と考える人も出てくる。

川内 そう。会社も「なるほど」と認めてしまったりします。在宅で初めて親の老いに気が付くビジネスパーソンも多いので、「これは大変だ」と自力で面倒を見ようとする人が続出しています。

とても憂慮すべき状況です。在宅で、親の近くにずっといたら、親は甘えやすいし、子どもは断りきれないから、どうしても距離が取れなくなって、ずるずると「自力介護」の沼に落ちてしまいますよ。

――人事の方は「在宅で介護を」とか「介護休暇を」と申請があったら気を付けるよう、社内に広めてほしいですね。でないと優秀な人ほど離職しかねない。

川内 そうなんです。実際に、親の老いに悩む優秀な部下のためを思って、まったく悪気なく長い休暇を与えてしまうことが、現実には多い。「介護支援? うちはばっちり休暇を与えています」と、笑顔で言う人もたくさんいる。

ですが、会社の人材を扱うプロである人事の方は、介護休暇で何をするつもりかをヒアリングして、自分で親の介護をやろうとしている社員にぜひ、ブレーキをかけてほしい。

――「まさか君は、介護で親孝行をしようとしているんじゃないだろうな? 『親不孝介護』は知ってるか?」と。

川内 はい、そして、介護は仕事と同じ考え方でやっちゃダメだよ、と教えてあげてください。君が元気で働いていることが、親御さんへの本当の親孝行だ、と。

著者プロフィール
川内 潤(かわうち・じゅん)さん

1980年生まれ。上智大学文学部社会福祉学科卒業。老人ホーム紹介事業、外資系コンサルティング会社、在宅・施設介護職員を経て、2008年に市民団体「となりのかいご」設立。14年に「となりのかいご」をNPO法人化、代表理事に就任。企業で働くビジネスパーソンの介護相談に取り組んでいる。著書に『もし明日、親が倒れても仕事を辞めずにすむ方法』(ポプラ社)。

山中浩之(やまなか・ひろゆき)さん
1964年生まれ。学習院大学文学部哲学科(美術史)卒業。87年日経BP入社。経済誌「いっけいビジネス」、日本経済新聞証券部、パソコン氏「日経クリック」「日経パソコン」などを経て、現在日経ビジネス編集部で主に「日経ビジネス電子版」と書籍の編集に携わる。著書に『マツダ 心を燃やす逆転の経営』、『新型コロナワクチン わたしたちは正しかったのか』(峰宗太郎先生と共著)、『ハコヅメ仕事論』(泰三子先生と共著)など。

 

『親不孝介護 距離を取るからうまくいく』
著者:山中浩之、川内 潤 日経BP 1760円(税込)

長男だから親を引き取る? 介護のために実家に帰る? 家族全員で親を支える? 親のためにリハビリを頑張らせる? それ、ぜんぶ必要ありません! 介護は親と距離をとるからこそうまくいく。自身の介護体験を通してそう断言する著者が、ブリヂストン、電通、コマツなど多数の企業で介護相談を受ける川内 潤さんと「親不孝介護」を提案。働き世代「仕事と親の介護は両立できるの?」と不安を感じるすべての人に読んでほしい、目からウロコの考え方が詰まった1冊。


構成/金澤英恵