夜に訪れる、禍々しいまでの美しい女


「うわ……懐かしい~! いい景色! このベランダ、東京の家にあればなあ。デッキチェアでも出して毎日本でも読むのに」

 

おばあちゃんの家に到着すると、さっそく2階の和室で荷ほどきをする。結婚式に着ていく予定のドレスを梁にかけた。

客間であるその部屋は、誰かが泊まりに来るとおばあちゃんは主寝室ではなくこの部屋に布団を敷いて一緒に寝てくれる。

ベランダに出ると、海風が吹きわたった。見事な松が植えられている和風の庭と、おじいちゃんが所有する小さな町工場も隣の敷地に見える。ポテンシャルの高いベランダなのだが、おじいちゃんもおばあちゃんも階段が億劫なのか、無用の長物となっていた。

しばらくベランダで海風に吹かれていると、空がラベンダー色から夕闇に変化していく。眺めるうちに、唐突に、昔見た「ある光景」がよみがえってきた。

「莉子ちゃん、ちょっと早いけれどお夕飯の支度ができたから……って、あら、そんなところでぼんやりして。どうしたの?」

1階から、私を呼びに来てくれたのだろう。千春ちゃんがふすまを開けて顔を出した。

「ねえねえ、千春ちゃん! 私ね、小さい頃、ここでよく幽霊を見たんだよね」

「ええっ、幽霊!? ちょっと莉子ちゃん、やめてよ~」

千春ちゃんは首をすくめて掌をこちらに向け、ぶんぶん左右に振る。

「それがさあ、その幽霊、今時着物着てるの。淡い紫……藤の花みたいな色。襟をこう、ぐっと深く抜いてて、首筋が白くてね。手には決まって風呂敷包みを持っていて。すうっとなめらかに工場の敷地を横切っていくんだよ。あれ、でも夜中なのになんでそんな細かいところがはっきり見えるんだろう? やっぱり幽霊だから?」

「夜中なの?」

千春ちゃんは心底気味が悪そうに、眉根を寄せる。

「うん、まあ幼稚園生か小学生だったから、もしかしてそこまで深夜じゃないかもしれないけど。決まっておばあちゃんが持病のお薬を飲んで先に寝ちゃって、私のほうが寝付けないとき、ベランダに出るとその幽霊が敷地を横切っていくの、すううって。それで、工場に入るんだよね」

「工場に?」

「うん、ヘンだよねえ、やっぱり夢? でも、何回も見たんだよ。どうして忘れていたんだろう……。その幽霊、凄く綺麗で。遠目だけど、なんかわかるの。しっとりしててね、色っぽいっていうの? ……ただね、怖かった」

「怖い?」

私は、その情景を思い浮かべ、こっくりと頷いた。

 

凄絶に美しく、禍々しいあの存在感。あれは「彼女」の情念の気配だろうか。

小さい頃はわからなかったその核心を、私は意識的に考えないようにした。

夢か現かわからないが、怪談はほどほどがいい。
 

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幼い頃の記憶が、今、少しずつつながって……?
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