HIVに感染しても通常通りの暮らしができる治療法がある


まず基本的なことをおさらいしましょう。HIVはウイルスの名前、AIDSはそのウイルス感染によって引き起こされる症状の診断名です。

HIV(ヒト免疫不全ウイルス)は、その名の通りヒトの免疫細胞に感染し、時間をかけて免疫機能を著しく低下させるウイルスです。感染経路は、性行為による感染、血液を介した感染、母子感染。普段、私たちの体の中では免疫細胞がさまざまな病原体と戦ってやっつけてくれています。でもHIV感染に気づかずにいると次第に免疫機能が弱り、普段なら感染しないような病原体に感染しやすくなって、さまざまな病気を発症するようになってしまいます。こうした状態になるとAIDS(後天性免疫不全症候群)と診断されます。

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1985年に日本国内で初めてAIDS患者が報告されて以降、いわゆるエイズ・パニックが起き、HIVに感染した人への偏見や差別が広がりました。当時中学生だった私も誤った情報に翻弄され、商業施設のトイレで感染するのではないか、感染した人が電車に乗ってきたらどうしようなどと不安になったのを覚えています。その頃、著名なハリウッド俳優がAIDSを発症し、同性愛者であることを公表したのちに亡くなったことが衝撃的に報じられたことなどもあり、AIDSは男性同性愛者特有の病気だとか、HIVに感染したらなすすべもなく重症化して死に至るという印象が広まっていました。

現在では、HIVは体液を介して感染することがわかっています。もちろん電車や便座で感染することはありません。もう当時のような社会的なパニックはないけれど、メディアで話題になることが減った分、無関心になっているかもしれません。

 

だからといって、もう過去のものだとHIV感染のリスクを軽視するのは問題です。HIVの感染力は弱いものの、一度感染したら体の中からウイルスを完全に取り除くことはできないため、AIDSを発症しないよう生涯を通じて薬を飲み続ける必要があります。感染しないよう、適切な予防策を講じることが必要です。

その予防法の一つが、PrEP(プレップ)です。海外では、国が導入してHIV感染拡大防止に大きな成果をあげている例もあります。PrEPとは曝露前予防内服の略称で、HIVに感染していない人があらかじめ薬を飲んでおくことで、感染を防ぐ方法です。

毎日1錠、定められた通りに薬を飲んでいれば、性行為によるHIV感染を99%防ぐことができます。始める前に検査でHIV陰性であることを確認するほか、腎機能などを調べた上で医師の指導のもとに行います。ただし、 PrEPはHIV感染を防ぐだけでそのほかの性感染症や望まない妊娠は防げませんから、コンドームを正しく使うことが不可欠です。

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すでにHIVに感染している人には、治療法があります。薬によってHIVの働きを抑え込むことができるのです。医師の指導のもとで適切に行っていれば、感染していない人と変わらない生活を送ることができます。それを表す言葉がU=Uです。U=UとはUndetectable=Untransmittable の略。直訳すると「検出不能=伝染不能」ですが、ちょっと分かりにくいですね。「治療すれば、うつらない」ということを示しています。

HIVに感染しても、抗HIV薬を内服し続けることで体内のウイルスの増殖を抑えて免疫力を保ち、通常の社会生活を送ることができます。薬の効果によって血中のウイルスの量が検出限界値未満(Undetectable)になって6ヶ月以上が経過すると、性交渉で他人に感染させることがなくなります(Untransmittable)。その状態なら、感染した人がパートナーと性交渉を行って子どもを持つことも可能です。

ウイルスを体の中から完全になくすことはできませんが、医師の指導のもとできちんと薬を内服すれば、通常の生活を送りながら大切な人と親密な関係を結び、感染していない人とほぼ変わらず天寿をまっとうすることができるのです。