自分の人生の選択を「よかった」と思える瞬間


小泉さんと小説『ピエタ』の出会いは、読売新聞の読書委員として書評を書いていた頃。記者に勧められて読んだのがきっかけです。当時は2011年。小泉さんは45歳で、作品の主人公たちとほぼ同じ年齢でした。

『ピエタ』大島真寿美・著  ¥748/ポプラ社

小泉今日子さん(以下、小泉):10代、20代、30代、40代、それぞれの年代で、自分の中の試練のようなものってなんとなくあると思うんですが、女性の場合は「タイムリミット」を感じさせられることってあるじゃないですか。子供を産む、産まないとか。当時の私の中には「自分は子供を持たない人生を生きるんだろうな……」という感覚があったんだと思うんです。わざわざ口にしたりとか、乗り越えるというほど強いものではないけれど、ちょっとだけ心が痛かった、誰にも言わない、誰にも言えない痛みだったんじゃないかと。そういう時に「自分ってどんな女の子だったかな?」と考えたんですよね。いろんなことを思い出しました。「あの時の空、キレイだったな」とか「あのお花の匂い、すごくいい匂いだったな」とか。そういう生命力いっぱいに生きていた少女時代の記憶が、自分を支えてくれたんです。それが「よりよく生きよ、むすめたち」というあの詩と、すごくリンクしたんだと思います。

 

物語は「ピエタ慈善院」で孤児たちに音楽を教えていた作曲家ヴィヴァルディの死から始まります。小泉さんが演じる主人公・エミーリアは、彼に音楽の才能を見出されたひとり。彼女は先生の「ある行方不明の楽譜」を探して、ゆかりの女性たちを尋ね歩きます。小泉さんがエミーリアに共感するのは、彼女もまた少女時代にあった「ある恋の記憶」を、今を生きる心の支えとしていることです。ところが。彼女はその相手がどこの誰なのか知らないし、その顔も見たことがありません。二人の出会いは、誰もが仮面によって自分とは違う人間になる、カーニバルの日です。

小泉:エミーリアはあるところまでは「なんで名前を聞かなかったんだろう」「なんで自分はもう一歩先に行けなかったんだろう」とか考えて、悔やんでたかもしれません。このお話は、それがちょっと変化する瞬間を描いているのかなと思うんです。自分の人生にあったその経験を「よかった」と思えるようになる瞬間、そこから先に進んでいけそうな瞬間を。