介護をしてきて、本当によかった

 

私たちは2020年5月に入籍し、翌月には大阪に引っ越しました。もちろん母も一緒です。
母は、ぼうっとしている時間が増えました。目線が合うこともなくなり、車いすの上で寝てばかりです。

言葉はもう、まったく出なくなりました。少し遠い存在になってしまった気がします。
最後に言葉を発してくれたのは、私が結婚した頃でした。「お母さん、私、結婚するよ」と言ったら、「うんうん」と言い、笑ってくれましたね。

だんだんと話すことが減っていった母ですが、最後まで残った言葉が、「まりちゃん」でした。私のことです。「まりちゃん」がやがて「まあちゃ」になり、「まあ……」になり、そしてゼロになりました。

母を引き取って、たった2人での介護生活がはじまって、もう10年になります。最近は、介護がはじまった頃の、暴れていた母が懐かしくなることもよくあります。

でも私は、介護をしてきて本当によかった。いろいろな世界を見させてもらったし、たくさんの貴重な経験をさせてもらいました。介護から得たものはいっぱいありますが、一言で言うと、世の中は捨てたものではなく、生きることは美しい。そういうことを私は、介護を通して理解しました。

ただ消えていくものを黙って見ているしかない悲しさは、もちろんあります。でも、よく考えると、認知症介護に限った話ではないですよね。永遠に生きる人はいませんし、終わらない物事もありません。そういう人間の条件の下で、最後まで幸せを追求することはできる。それが介護です。

それに、新しく生まれるものもありますよね。今、私のお腹の中にいる小さな命もそうです。まだ名前もない彼は、夫との子であり、母の孫でもあります。

よくよく考えると、母の介護をしていなければ私が夫と再会することもありませんでしたから、小さな彼が生を授かったのも、母の介護のおかげです。

だから、さっきの文章を少し訂正させてください。

介護される人は黙って消えていくのではなく、続く人たちにたくさんのプレゼントを残してくれるんです。

 


岩佐まり(いわさ・まり)さん
フリーアナウンサー、社会福祉士。55歳の若さで若年性アルツハイマー型認知症と診断された母を、20歳のころから19年に渡り在宅介護している。現在は、要介護5となった母と夫との3人暮らし。在宅介護を支援するための個人事務所として「陽だまりオフィス」を立ち上げ、介護に関する相談の受け付けや、全国での講演会活動を行う。2009年よりブログ「若年性アルツハイマーの母と生きる」を開始、同じ介護で苦しむ人の共感を呼び月間総アクセス数300万PVを超える人気ブログとなる。その後数々のテレビ番組でも特集され話題となり、2021年、TBSドキュメンタリー映画祭にて「お母ちゃんが私の名前を忘れた日 〜若年性アルツハイマーの母と生きる〜」が上映される。著書に『若年性アルツハイマーの母と生きる』(2015,KADOKAWAメディアファクトリー)

『認知症介護の話をしよう』
著者:岩佐まり 日東書院本社 1650円(税込)

「介護をする人は、介護をされる人のために、幸せにならなければいけない」。そう力強く語る岩佐さんは20代の頃から、認知症になったお母様の介護を続けています。そんな岩佐さんが見つけた介護との向き合い方、そして年齢も立場も違う10人の介護者たちの、それぞれの介護とは? 介護から得たものは何か、幸せとは何か――。実体験を通して語られる切実かつ温かな言葉は、今まさに介護をしている人たちに贈る、思いやりにあふれたエールのように感じます。


写真提供:岩佐まりさん
構成/金澤英恵