知られたくない理由
達也はうつむいたまま、動かない。
「達也、友達をかばいたいのはわかるけど、俺は担任として確かめなくちゃならない。解答用紙をよくみたら、本当のことが分かったと思ってる」
「分かってない! 先生は何も分かってない。もういいじゃん、俺が見たんだって。だから亮介のことはほっといてやってよ。何にも知らないくせに……!」
お調子者で普段はひょうきんな達也のそんな声をきいたのは初めてだった。叱られて逆切れしているようには見えない。そこには、強い怒りと悲しみが感じられる。
「何も知らないくせに、余計なこと言うなよ!」
叫びにも似たその声に、俺は自分の確信が当たってしまったことを知る。胸の奥がギリギリと痛んだ。
「……亮介の腕に、痣がある。定規かなにかで強くぶたれた跡。秋になってから、毎週、新しい痣ができる。長袖で隠してるけどな。お前も気づいたんだろう? 何か相談されてるか?」
達也が、弾かれたように、こちらを見た。表情が、みるみる歪んでいく。
長年の戦友だもんな。異変に一番に気づいたのは、お前だったんだ。友達が、カンニングするほど、追い詰められていることに。味方であるはずの親に肉体的、心理的に加虐されていることに。
「なあ達也。俺さ、ただの塾の講師だから、できることは限られてるんだ。でも、正しい方向に動いていきたいと思ってる。このことは、俺が預かるから、お前は抱えなくていい。大丈夫、俺がなんとかするから。お前は、お前の目標に向かって走れ」
そんなことが一介の塾講師にできるのかはわからない。でも誰かが、達也に、そして亮介にそう言ってやらなくてはならない。守ってやらなければ。彼らはまだたったの12歳なのだから。
「……先生、俺さ、亮介と同じ学校に行くのが夢なんだ」
「うん、分かってる。分かってるよ。何年お前たちを見てると思ってんだ」
深夜22時の塾の一室。俺は精一杯の決意を胸に、教え子の小さな頭を抱えた。
20年ぶりに再会した高校の旧友。送られてきた一枚のチケット。
夏の夜、都会の怖いシーンを覗いてみましょう…。
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構成/山本理沙
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