真面目がゆえの懊悩


エリートサラリーマンの保守的なご家庭に生まれ、中学校から誰もが知る進学校と大学に通っていた早苗さん。周囲にはことごとく似た価値観、経歴の人が集まっていたそうです。

超有名企業に就職してからも、同僚や友人の経歴パターンに大きな違いはなかった、という彼女の言葉が印象的でした。

そこに疑問を持たず、その中から伴侶を探す方が多いのも事実ですが、早苗さんはそのような恵まれた環境でも心から好きになれる人には会えないまま29歳になったそうです。

「今思うと、私は昔から真面目一辺倒で、そんな自分にどことなく自信が持てずにいました。そのくせ一歩踏み出す勇気はなく、ライフイベントに後れをとらないように必死で背伸びしてきました。ただ……周囲にいるエリートのひとたちとは溝を感じるんです。無理をして競争してきたけど……たどり着いた場所には違和感があったという感じです」 

 

どこまでも正直な早苗さんは、そこをごまかして婚活することもできないままモヤモヤしていました。笑顔が素敵で魅力的な女性なので、告白されることはあり、頑張ってお付き合いをするものの短い交際期間になってしまったそう。

 

そんなある日、通勤電車の中でなんと痴漢被害にあってしまいます。声を上げて抗議しようとした矢先、隣にいた男性が痴漢の手をひねり上げてくれました。それがのちの夫・英明さんです。警察に証言してもらうなど迷惑をかけてしまったと感じた早苗さん。後日お礼の菓子折りを英明さんのアパートに送ると、宅急便の送り状に書いた早苗さんの電話番号にメッセージが入ったそうです。

そこからやりとりが始まりますが、英明さんの猛アタックはとても新鮮に感じられました。

「彼は車の運転が大好きで、どこに行くにも車ですいすい移動します。デートの行先もこれまで提案されたことがないようなフランクなところで。肩肘張らないし、経験値を値踏みされることもない。彼は初めてのところに一緒に行ってみよう! というテンション。

それまでは、男性に上手にエスコートしてもらって、そのぶん楽しまなきゃ、美味しくいただかなきゃ、という無意識の縛りが自分のなかにありました。英明さんは、最初からそういうのが全然なくて。信じられないほど人に対して壁がなくて、話が面白いんです。ただただ会うのが楽しかった人は初めてでした」

インタビューが進むうちに、英明さんは早苗さんの懐にすっと入った様子が目に浮かびました。それはもしかして、世間知らずだった早苗さんの「恋の錯覚」だったのかもしれません。でも、自由奔放な英明さんの明るさやストレートなアプローチは、早苗さんに深く響きます。

そこで少々意地悪な質問が浮かびます。英明さんは出会ったときは運送業でばりばり働いていましたが、その前は日雇いでアルバイトをしていたといいます。学歴は高卒、しかもきけば恩師の温情でなんとか卒業したものの、物心ついた頃からほとんど勉強をした記憶がないというつわもの。「ギリギリ警察のお世話にはならなかった」というのが本人の口癖だったそう。新鮮さがなくなったあと、お互いの価値観の違いが気にならないものなのでしょうか?