困ったときはお互い様


「何もお構いできないけど……とりあえず、ここに座って今夜の宿、ゆっくり探してください。それにしてもダブルブッキングなんて、あのアプリ信用できないなあ」

妙なことになった。オレはソワソワと落ち着かないながらも、彼女をリビングのソファにとりあえず通した。

「ありがとうございます。このあたり、お店もないし、助かりました」

 

彼女の名前はレイナさん。隣街にある海洋学部が有名な大学に留学生としてフィリピンからやってきた。

入寮前の仮宿として、格安で1週間契約できる民泊を見つけ、そこを予約して来日したところ、システムのバグですでに満室。困り果てて、宿を探そうと引き返し、さっき間違えて訪れたこの家をのぞき込んでいたというわけだ。

 

きっとオレの声が、ちょっと親切で優しそうに聞こえたのだろう。なんてね。

まさか女の子を男1人の家に泊めるわけにもいかないが……海沿いのこの街は、夏のホテルは連日満室。もう駅に戻るバスもないし、あてもなく歩き回るには広すぎる。おまけに生憎の雨。

幸い家だけは広いから、まあいろいろ問題はあるんだけど……困ったときはお互い様だ。彼女が若くてキレイだからという訳ではない。断じて。

「あの、お腹すいてない? オレ、今からカレー温め直して食べるとこだったんだけど、そんなんで良かったら食います?」

妙な提案だとは思ったが、ひとりでカレーを食べるのも気が引けて、尋ねてみる。

スマホで必死に検索をしていたレイナさんの顔がぱあっと明るくなった。

予期せぬ展開


「そうかあ、奨学金で留学。凄いねえ」

お盆に載せたカレー2人前をダイニングに運んできて、ついでに缶ビール。さっきまで1人だったのに、急に予期せぬお客さんが紛れ込んで、なんだかシュール。でも緊張していたレイナさんがホッとしたように時折笑顔を見せてくれて、段々こちらも嬉しくなってくる。

「そうなんです。私の父は日本人ですが、小さい頃母と別れてしまって……でも日本語の勉強は続けてきました。留学できてうれしいです。でもそのために家はお金、かかりましたから」

そうだよなあ……いくら奨学金もらったって、日本に留学させるのはそう簡単じゃないだろう。きっとレイナさんは一族の期待を背負ってきているに違いない。

「ホテル見つかりそう? 車でそこまで送っていくから、どこでも言ってよ……ってあ!! オレビール飲んじゃった、ごめん習慣で」

しまった、なんて気が利かないんだ……。

「それが、さっきから探しているけどぜんぜんホテルがとれなくて。一番近いところでもここから電車だし、もう遅くてネットだと今夜は表示されないところもあるのかも。どうしよう……」

異国で右も左もわからず、しょんぼりするレイナさん。もはや半分くらいオレの責任ではないか。オレが安易に明るいところで宿を探しなよ、なんていって家に案内したからタイムロスしたとも言える。

もはや22時。ここで放りだすわけにはいかない。

「あのう、これは変な意味じゃなくて、リビングならソファも広いし、ベッドじゃなくて悪いけど良かったら朝までいてもいいですよ……夜も開いてるカフェとでも思ってもらえれば」

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夏の夜、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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