全部知っている


「素敵ですねえ……このおうち。お金持ちの家、って感じです。羨ましい」

オレは自室に引き上げる前に、ミネラルウォーターのボトル2本と毛布、ホットコーヒーを淹れてリビングに届けた。レイナさんが暖炉の近くで身をかがめている。フィリピンは南国だから、珍しいのかもしれない。

「このハイテク暖炉、けっこうすごくて、煙がこっちに来ないんです。輸入モノらしいですよ」

レイナさんは長い髪の毛を後ろ手にゆっくりとバレッタで止めながら、リビングのインテリアを眺め、微笑んだ。そして囁く。

「こんな素敵なおうちに暮らすのって、どんな気分?」

「そうだなあ、なんだか他人の家のような気がするね」

 

オレが「これからの種明かし」のために洒落を利かせたつもりで言うが、レイナさんはあっさり受け流し、それから2度、首を振った。

「でもきっと、若くして大金持ちになったら、人知れずご苦労もあるんじゃないですか?」

若くして? 

オレは目をぱちくりさせた。まあ確かに……オレは昔から若く見られる。多分スタイルがいいせいだろう。食っても太れない体質なのだ。おまけに体力勝負の自由業らしく、サラリーマンのような落ち着きもない。

 

61歳になった今も、40代に見える、なんて言われることも多い。

……いや、待てよ。

オレは、「言いそびれていたこと」を告げようとした瞬間、唐突に彼女の「目的」に思い至った。

彼女は、すでに「この家の主人が誰なのか」を知ってここに来ているとしたら……?

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夏の夜、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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