日本の学校における性教育の歴史。頑張っている先生はいっぱいいるが……


アツミ:でも村瀬さんが性教育に関わってきた50年の間に、日本の性教育がどうしてもっと浸透しなかったんでしょうね。

坂口:不思議ですよね。

村瀬:エイズが世界的に流行した80年代には、日本でも性教育が盛んに行われようとされていたんですよ。学習指導要領の改訂で小学校から「性」を教えるようになった92年は、「性教育元年」と呼ばれました。

「生理に無知で悪かった」50年前、妻に謝罪したことが原点に...日本の性教育の現状<今考えたい「おうち性教育」第1回>_img0
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学習指導要領
文科省が小中高校で教える内容や教科の目標を定めた教育課程(カリキュラム)の基準。全国の小中高校で一定水準の教育を受けられるようにするため、文部省が告示する。社会の変化などに照らし合わせ、ほぼ10年ごとに改訂を重ねている。強制力(法的拘束力)はないとされている。
 
 


アツミ:でも今の日本の学校では、しっかりとした性教育はやっていませんよね。中学校でも性教育に費やされる時間は、全国平均で1年間で3時間を切っているとか。

村瀬:98年に学習指導要綱の改正があり、そこで「歯止め規定」というものが明記されてしまったんですね。これは学校の性教育に非常に大きく影響しました。
 


歯止め規定
学習指導要領の「内容の取扱い」において、当該内容を扱うことを前提にした上で、その扱い方を制限する規定。性教育においては、小学校5年の理科では「人の授精に至る過程は取り扱わない」、中学の保健では「妊娠の経過は取り扱わない」、高校では「男女それぞれの生殖に関わる機能については、必要に応じ関連付けて扱う程度とする」としている。要綱では「性交」「性行為」という表現も避けられている。
 


村瀬:伝統的価値観や男女の固定的な性別役割を重んじている人たちにとっては、「結婚しなくても子供を持つこともあっていい」とか「男女別姓選択を認める」といった考え方とは相いれない部分があります。
 


※男女共同参画基本法
男女が対等な社会の構成員として、各分野への参画機会が確保され、男女が均等に政治的、経済的、社会的、文化的な利益と責任を共に担う社会を目指すことを規定した法律。第二次基本計画(2005年)では、自民党の一部議員から、「ジェンダー」や「ジェンダーフリー」という言葉の使い方、性教育・ジェンダーフリー教育に対する厳しい批判が出て、表現を大幅に見直し。同時に「ジェンダーフリー」という言葉は使わないよう、全国自治体に通達。
 


アツミ:そういう中で、2003年7月に起こったのが「七生養護学校事件」ですよね。都立の養護学校での「性教育」が、一部の議員とマスコミにより「世間の常識とかけ離れている」とやり玉にあげられたという事件でした。
 


※七生養護学校事件
03年、自民党と民主党(当時)の3人の都議と都教育委員会が「視察」と称して、都立七生養護学校の性教育に不当に介入し、教員たちが都教委から処分された事件。同校は知的障害のある小学生から高校生までが通っており、障害の特性から説明だけでは伝わらず、ペニスやワギナという言葉などを歌で覚える「からだ歌」や、性器のついた人形や模型など、独自の教材を手作りで開発、教育に使っていた。
 


村瀬:その年のことを私がよく覚えているのは、同じ年の6月に東京都の依頼でやる予定だった講演会が、その直前で突然中止になったからです。そんな経験は初めてでした。担当者からは「新聞広告に対して抗議の電話がきた」と平謝りされました。

七生養護学校は知的障害を持った小学生から高校生までの生徒が通っていて、性的な関係を持つ子どもや、性的ないたずらなど、校内でいろんなことが起きていたんです。そうしたことは一方的にしかりつけても防げない。ちゃんとした教育が必要だと。私もかなり以前に一度、職員会議に招かれているんですが、先生方はすごく勉強されていて、その努力を通して工夫をされた結果の教育方法だったんですね。

アツミ:保護者も交えて開発したものだと聞いています。


村瀬:それを一部の政治家と新聞がセンセーショナルに書き立て、「そんなことが行われているとは!」という世論が作られてしまったんです。

アツミ:翌年の04年には、都教育委員会の「性教育の手引き」と、文部省の学習指導要領が、ほぼ同様の改訂をしていますよね。小中高いずれの授業でも「性交」「セックス」という言葉を使わず、中学以降では「性的接触」という言葉を使うように。高校では「性交」「中絶」は教えずに、教えるのはコンドームの装着のみ……それで使い方わかるのかな、という気がします。

坂口:ちなみに七生養護学校は、その後、どうなったんですか?

村瀬:バッシングをきっかけに、性教育はなくなってしまいました。その後の裁判では、攻撃した議員側を「教育基本法で禁じられている不当な支配」として、原告側勝訴の最高裁判決が出ています。でもそこまで10年かかっていますし、事件で校長をはじめ多くの職員が処分されてしまいましたしね。

アツミ:2018年には、足立区の一般の中学校でも、同じような経緯をたどった事件が起きていますよね。こうした事件があると、たとえ「教育指導要領に強制力はない」と言われても、現場の先生は「教育委員会に睨まれたら、炎上したらどうしよう」と委縮してしまう気がします。

村瀬:ただ、ここ2、3年は、全体として大きく状況が変わってきていると思いますよ。やっぱりジェンダー平等の考え方が広がってきて、マスコミや学校の先生方も無頓着でいてはいけないのではと思うようになっていますよね。男子校には今でも、「男はこんなもんだ」というような先生もいっぱいいますが、「それはおかしい」と考える先生方も出てきて、職員会議で議論になったりしています。

因田:私学では頑張っている学校もありますよね。池袋の立教中学・高等学校は10年以上前から取り組んでいますし、開成中学校にも村瀬先生が講演にいっていらっしゃいますよ。

村瀬:男子校の講演の依頼も増えていますね。私学のメリットだと思います。

坂口:父母からの要望もあると思います。中学受験で女の子のことを全く理解せぬまま6年間を過ごして大丈夫か? というのがネックで、男子校を選ぶ際に少し迷うという声もよく聞きます。ただ同時に格差が生まれてしまうような気もしますよね。親の教育方針や環境、経済力の有無などで、きちんとした性教育を実践している私学を選ばない子どももいるわけじゃないですか。変わるべき最終的な総本山は、やっぱ公立に通う子どもたちの性教育のような気が。

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村瀬:それはそうです。もちろんいろんな縛りの中で頑張っている先生はいっぱいいるんですが、学習指導要領は10年くらいは変わらないでしょうから、そこを非難してもせんないことなんです。だからこそ家庭での性教育が大事なんです。子供が時間を過ごすのは、学校よりも家で、先生よりも親とすごす時間のほうがずっと長いわけですから。そこから受ける影響は学校の比ではありません。

アツミ:だから「おうち性教育」なんですね。
 

第2回は9月21日公開予定です。
 

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取材・文/渥美志保
構成/坂口彩(編集部)
 

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