小さな子どもの無邪気な質問から思春期の娘や息子の真剣な悩みまで、「性」にまつわる疑問に自信を持って答えられる大人って、あまりいないのではないでしょうか? そんな世相を反映してか、25万部超の大ヒットとなっている「とある本」があります。今注目を集めるキーワードを深堀りする連載「ニュースなことば」、今回社会派ライターの渥美志保とミモレ編集部の坂口がお届けするテーマは「おうち性教育」です。「性教育」はなんのために必要なのか、学校教育で行われている「性教育」の現状はどんなものなのか、なぜ家庭での「性教育」が脚光を浴びているのかについて、全3回でお送りします。
アツミ:坂口さん、以前から性教育に興味があるんですよ、私。
坂口:いきなりですね。でも私も男の子を3人育てているので、かなり興味あります。
アツミ:今の日本では「性」とか「ジェンダー」を巡る深刻な問題って、すごくたくさん起こってるじゃないですか。本来ならきちんと学ぶべきなのに、性について学ぶことすら「なんか恥ずかしい」みたいな空気があるし、そのために潜在化してしまう問題ってすごくあると思うんです。
坂口:子供はもちろんですけど、私たち大人もきちんとわかってないところありますよね。学ぶべきだと思います!
アツミ:というわけで今回は、ベストセラー本『おうち性教育はじめます』の共著者である村瀬幸浩さん、さらに同書籍の編集担当の因田亜希子((株)KADOKAWA)さんにもご参加いただき、性教育についてお話を伺いたいと思います。
因田亜希子さん『おうち性教育はじめます 一番やさしい!防犯・SEX・命の伝え方』(著:村瀬幸浩・フクチマミ)シリーズの担当編集。9歳児の母。
アツミ:村瀬さんは和光高校の体育教師だった70年代から性教育を実践し、1982年に日本で唯一の民間の性教育の実践・研究団体「“人間と性”教育研究協議会」(性教協)を設立しています。
坂口:なんと! 50年以上前から性教育に着目していらしたんですね。
アツミ:草分けです。どういうきっかけでご興味を持ったんですか?
村瀬:いろいろありますけど、学生時代に出会った妻と23歳で結婚していたことが大きかったと思いますね。一緒に暮らして初めて「月経」について知ったんです。私の学生時代当時の学校では、女子のみが受ける月経の授業はありましたが、男子はまったくなし。私は中高と6年間、男子校でしたから、性についての知識はエロ本と猥談のみでした。
アツミ:そういえば知人の40代の男性に「大人になるまで月経は青い液体が出ると思ってた」という人がいましたよ。
因田:あ、生理用品のCMですか。
アツミ:そうです。その人も男子校育ちでしたが、あまりのことに苦笑するしかない感じでしたね。マジか、男ってここまで知らないのか、って。
村瀬:そうです、そんなもんですよ。教わらなければ、知りようもない。
アツミ:じゃあ結婚生活では戸惑われたでしょうね。
村瀬:特に妻は比較的月経が重いタイプだったので、キツい日は青ざめて仕事から帰ってきたり、なかなか起き上がれない日があったり。恋愛中はそんな話をしたこともなかったので、一緒に暮らし始めて「えええー? 嘘言ってんじゃないの?」という感じで。月経という言葉や、出血があることくらいは知っていたけど、実際の女性の体については、無残なほど何も知識がありませんでした。
坂口:どうやって、その溝を埋めたんですか?
村瀬:自分が妻を思いやれない原因を考えた時に、やっぱり女性の体の変化についての知識がないことじゃないかと。それで、密かに本を集めて、月経や女性の生理について勉強したんですが、何もかもが「えーっ!」っていう感じで。女性は複数のホルモンが周期的な波を作りながら体や心を変えていくなんて、もう驚天動地でした。科学的な知識もなく極端に言えば「女の性は男の性欲を慰める道具」程度に考えて結婚する……それが私達世代の男性の普通でしたから。それで、妻に謝りました。
アツミ:すごい! 謝ったんですか。
村瀬:謝りましたよ。無知とはいえ、嫌なことを言ったりしたりしてしまった、と。でも知識として示されているものは単なるセオリーであって、月経だって現れ方は一人一人違う。だからこれからいろんなことを尋ねるから教えてくれ、と頼みました。そして同時に「あなたも男に対して無知で、無理解で、腹が立つことがたくさんあった」と伝えました。妻だって男について全く無知だったんですから。「これで意思疎通ができなければ離婚したほうがいい」と思い、真剣に、正座してそう話しました。妻は姿勢を正して「話してくれて嬉しい。私も男性について何も知らない」と言ってくれて、「互いに勉強をしよう」という合意に至りました。最初の段階でこういう話し合いを持てたから、山あり谷ありの結婚生活でも続けてこられたんだと思います。話し合いによる問題解決の自信がついたんですよね。
アツミ:村瀬さんご夫婦の問題は、今でも多くの夫婦が抱える問題のような気がしますね。
村瀬:私達の世代の女性は、男性の性についてまともに学ぶ機会はなく、「女はそんなことは知らないほうがいい、男に任せておけばいい」というメッセージだけがありました。一方の男性はアダルトビデオを見て「セックスはこうやるものだ」と思い込んでいる人も多いんです。今はネットなどで性の知識を得ている人も多いと思いますが、ネットの情報には嘘も多く、状況は本質的には変わっていません。そういう中で、女性の側が我慢して我慢して……ある日限界がきて関係がダメになる。そういう夫婦やカップルは、世代にかかわらずたくさんいます。幸い、私はその前に気が付きました。
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村瀬幸浩さん東京教育大学(現筑波大)卒業後、私立和光高等学校保健体育科教諭として25年間勤務。この間総合学習として「人間と性」を担当。1989年同校退職後、25年間一橋大学、津田塾大学等でセクソロジーを講義した。現在一般社団法人“人間と性”教育研究協議会会員、日本思春期学会名誉会員。