運命なんてくそくらえ


「本当にありがとうございました。修平くんと吉本さんのおかげで、今こうして生きてます」

2週間後。おれと父さんは、近隣の大きな病院にお見舞いに訪れていた。ベッドの頭を高くしている貞子、もとい河合さんは手術した頭を下げるかわりに、可愛い仕草で両手を合わせた。

「良かった、本当に。頭を打ったあと、じわじわ出血した場合、意識がなくなるまでに時差があることも多いんです。でも素晴らしい回復具合だ」

父さんはにこにこしながら、差し入れの果物ゼリーを冷蔵庫に入れた。おれは照れくさくて、手持無沙汰になり、丸い椅子に腰かけた。

河合さんは、おれが最初に覗きこんだ夕方、家で倒れた。その日の午前中に、家の雨漏りを自力で直そうとして、はしごから落ちたらしい。そのときに頭を打ったのに、病院に行かず、家で過ごすうち、頭の中でゆっくり血がたまって意識不明に。

その直後におれがボールを蹴り込んで、覗きにいったというわけだ。もっと早く気づけば、今リハビリ中の左手のしびれもなかったかもしれないのに……そう思うと、申し訳ない気持ちだった。

「私、1人暮らしなので、修平くんが救急車を呼んでくれなかったらあのまま最悪の状況になったと思います。本当にありがとうございました。彼氏とかいれば気づいてくれたんだろうけど……。実家に戻って、仕事もリモート案件ばっかりになって、人と関わらなくなっちゃって。もともと社交的じゃないだけなんだけど。命の恩人です、おふたりが」

おれはますます照れくさくて、あー、と頭を下げた。

……母さんが倒れた夏のあの日。おれは1日中遊びにいっていて、父さんはいつも通り仕事で、発見が遅れた。少し早く帰ってきた父さんが倒れている母さんを発見し、すぐに救急車を呼んだけれど、間に合わなかった。

 

遊びに行かなければ。疲れている様子だった母さんをもっと気遣っていれば。

おれと父さんは、ずっと心のなかでそう思って過ごしてきた。

どんなに悔やんでも、母さんは戻ってこない。それが運命だったと、ぼくたちを慰めるひともいた。

だからおれは運命って言葉が嫌いだ。ひとりで倒れて死んじゃう運命なんてものがあってたまるか。

だから今回、河合さんが助かったのは、ちょっとだけ運命ってやつにざまーみろといいたい気持ちだった。ほんの少しでも、その運命ってやるに抗えたことが、おれも父さんも嬉しかった。

「あの、河合さん。おれ、あの日ボールを庭に入れちゃって、黙って入ってすみませんでした。それと、昔友達がボールで植木鉢を割ったとき、おれも一緒にサッカーしてたんです。あのときはごめんなさい」

おれが頭を下げると、河合さんはきょとんとして、それから吹き出した。

「あ~! あの時のボール、まだとってあるのよ、植木鉢片付けてたら男の子がじっと見てたから、急いでボールも手に持って追いかけたんだけど、いなくなっちゃったの。いつでもいいから取りにきてねって、伝えてね。

修平くん、気づいてくれて、お父さんを呼んでくれて、ありがとう。これからはいつでもピンポンしてね。おやつを一緒に食べていってよ。ひとりで退屈してるの」

おれたちが恐れる「貞子」は、ぜんぜん貞子っぽくない可愛い笑顔でそう言った。

……秋は、すぐ外が暗くなるし、1人で退屈する時間が長くなるから好きじゃなかったけれど。

今年は、新しい「寄り道先」ができたようで、おれの心もあったかくなる。

 
【第34話予告】
久しぶりの海外旅行で、まさかのトラブル発生!?

夏の夜、怖いシーンを覗いてみましょう…。
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イラスト/Semo
構成/山本理沙

 

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