はみ出すことを面白がる力

写真:Shutterstock

山本 先日『怪物』という映画を見てね。そこで、大人になっていくことで失っていくものがある、とあらためて思ったんだけど、大事なのは“失う”と“得ていく”のバランスだなあ、と。千登世さんは“失う”と“得ていく”を重ねていく中で、意識している言葉はありますか?

松本 あるスタイリストの女性が言っていた、「100点満点。……でもつまんない」という言葉です。彼女は駆け出しの頃、師匠から指示された通りに撮影小道具を集めて用意したんですね。するとその師匠から、「100点満点だけどつまらない」と。「ちょっと裏切ってほしかった」と言われたそうなんです。裏切った結果、それは20点になるかもしれない。でも200点になる可能性も秘めているわけです。

 

山本 たしかに、100点満点を目指している限り、200点は生まれない。

松本 以来彼女はそのことを胸に刻んでいて。だから彼女のお仕事は、いつもちょっとこちらのイメージを裏切ってきて素敵なんですよ。私も世代的に、言われた通りにするのが、すなわちできること、という教育を受けてきたので、何事もはみ出すのは良くないという思いがあったんです。でも彼女のこの言葉と出会ってからは、“はみ出すことを面白がる力”を大事にするように変わりました。

山本 一方で、年月を重ねても失われていかないものもあると思っていて。コロナ禍を機にリモートワークが増えてからは、「スーツってなくなっていくのでは?」とよく聞かれるんです。でも私は「なくならない!」と断言しています。なぜならスーツというのは、人が仕事をするうえでのスイッチのようなものだと思うから。スーツが気持ちをシャンとさせ、自分を変身させてくれていると思うんですよ。そう思ったら、形は変わっていくだろうけど、スーツというもの自体はこの先も必要とされ続けるだろうと思うんですよね。