格下の理由

「夏期講習、12万円かあ……」

塾の保護者会で、資料を見ながらため息が出たのを、隣にいたママ友の梨絵さんにきかれてしまう。

「やーね、紗耶香さんたらため息ついて。でもほんと高いわよねえ~! これで本当にさ、頭が良くなるならいいけど、陽一くんもカンナも万年Aクラスじゃお金をどぶに捨ててるようなもんでしょ」

うちの陽一はひとつ上のBだけど、という反論があまりにもむなしくて飲み込んだ。彼女はこのタワーマンションの中でも変わり種で、ご主人はバーテンダーから一代で都内でいくつもの人気飲食店を持つ経営者になった有名人。娘のカンナちゃんは抜群にかわいいけれど、勉強は得意じゃない。母親の梨絵さんが勉強にてんで興味がない。陽一曰く「カンナは宿題を1度もやってきたことがない」そうで、Aクラスもさもありなんというところ。

αクラスのママたちのように悲壮感はなく、このマンションのママ友たちで唯一「深海魚」仲間として、少しの本音を交わせる仲だった。

「あーあ、カンナの塾代と家庭教師代で、私の糸リフトの本数増やせるのにな~」

 

梨絵さんの物言いに、苦笑が漏れる。本当に。サラリーマンとパートの組み合わせで、地権者枠でここに住んだ我が家の世帯年収は1000万円もない。このタワーに住んでいるひとたちと比べたら、半分もないだろう。一人息子だからなんとか中学受験をさせているけれど、我が家にはみんなのように家庭教師や個別塾を頼む余裕がなく、知る人ぞ知る家庭教師にリーチするコネもない。陽一の成績もそのせいだとどこかであきらめてもいた。

「成績もなにもかも、まずはお金。それから情報とコネ。結局さ、世の中の縮図なのよねえ」

昔、夜の接客業をしていたと私にこっそり教えてくれた梨絵さんの洞察は鋭く、私の胸をさりげなく突き刺す。

何も持たないのにこのタワーに住んでしまったことは、果たして正しかったのだろうか。

ぼんやりと、下降の一途をたどる成績曲線を見ながら、私は必死に脳裏に浮かんだ疑問を振り払う。
 

次回予告
【後編】意外な人物がささやく、禁断の「下剋上の方法」とは?

小説/佐野倫子
イラスト/Semo
編集/山本理沙
 

 

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