隠された気持ち

詳しく伺うと、武志さんが家を守ってほしいというので正社員の仕事を若い時に辞めて家庭に入った佐和子さん。それを理由に夫は家事育児にはノータッチ、佐和子さんは家の細かいことを一気に引き受け、口うるさいところがある近居の義両親を世話し、渡されるお金が足りなくなれば派遣の仕事に就いて、家事と育児をこなしてきました。

そのうえ家族単位で楽しむはずの旅行でさえ、夫の「自分だけが楽しもう」というその姿勢に、すっかり嫌気がさしたのだと言います。「少しでも私を労ったり、感謝したりしてくれる素振りがあれば、マイルに夢中なことは気にならなかったかもしれません」と佐和子さんは寂しそうにつぶやきました。

武志さんはおそらく「苦労して稼いでいるのは自分、養っているのは自分、決定権や楽しむ権利は自分だけにある」と思っているのでしょう。だからこそ、子どもにかけるお金も最低限にしたいし、妻に渡す生活費もマイル支給、文句があるならば自分で稼いでこいという主張です。

家族旅行から帰国したとき、とどめに空港のバゲージクレームで「スーツケースにこんな傷はなかった。弁償しろ」と言いながら会員証を出したとき、佐和子さんは百年の恋も冷める心地がしたといいます。傷がそのときできたのかはわからなかったものの、そんなときまで会員証をちらつかせる姿にがっかりを通り越して悲しくなったそう。

 

「私は結婚して家族を持ったら、とくに母親になってからは自分というよりも家族全体の幸せに意識がいきました。きっと多くのひとがそうなんじゃないかと思うんです。でも夫は違った。言葉の端々に、なんというか一人で生きている感じが出ていて、無性に寂しくなります。周囲を見下しているし、もちろん私が一番下に見られていますよね」

 


佐和子さんの気持ちの糸は、ふっつりと切れてしまったといいます。夫婦の関係性を良くしたいという積極的な気持ちになれないそうで、今は、生活費と、お子さんが私立に進学したいと言ったときに備えて、必死にお金を稼いでいるそうです。

現在も武志さんは、カードや会員証、タグを並べて悦に入り、会員誌を読んでは限定イベントなどをくまなくチェックしているそう。残念ながらその「楽しい世界」のなかに和佐子さんやご家族はいません。

はじめは「マイルマニアになって妻を振り回す夫のお話」と捉えていましたが、根底にあるのは、配偶者が自分のことだけを考えているという状態が、いかに家族を失望させ、傷つけるかということを痛感させるお話でした。

ただ、一方的に失望し、結論を出してしまうには時期尚早という気もして、僭越ながらそのようにお伝えしました。佐和子さんもそれは分かっているとのことで、少しずつ気持ちを伝えられるよう努力をするとのこと。

また、武志さんにはお話を伺っていないので憶測にすぎませんが、マイレージやクレジットカード会員のステイタスに拘るのは、それが「心の隙間」を満たしている可能性もあります。妻にはわからない、夫の苦悩があるのかもしれません。

ご夫妻が、少しずつお互いの気持ちを伝え、関係が改善することを陰ながら祈っています。


写真/Shutterstock
取材・文/佐野倫子
構成/山本理沙
 

 

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