「あの事件」の裏で、常態化していたセクハラ


伊藤詩織さんの事件はまた、日本の女性たちのレイプ被害やセクハラについての様々な考えを浮き彫りにしました。「彼女にも非があったのでは」と考える人たち。本名と顔を出した告発を“売名”かのようにいう人たち。女性がレイプ被害を晒すことを嫌がる人たち。被害者然としていない彼女に腹を立てる人たち。

「マスコミの世界で言えば、テレビ朝日の女性記者が財務省の(当時)福田事務次官を告発したことがありましたよね。あの時に、財務省記者クラブのある女性記者が、“でも、みんな知ってましたよね”と言ったのを覚えています」

「福田さんは財務省のエリート中のエリートで、それまでも数か月に1回は記者クラブの大手経済新聞の男性記者たちが幹事になって『福田さんが女性記者に囲まれる会』というのをやっていたそうです。その飲み会では、福田氏が女性記者に向かって“お前、最近ヤってないだろ”なんてことを平気でいったり、手を握ったり肩を抱いたり。女性記者たちはその場では仕方なく“あははあはは”と付き合って、終わった後に“気持ち悪いよね”と言い合っていたと聞きました。昼間のアポで次官室に行った時ですら隣に座ってくる人だったから、分かっている女性記者たちは「絶対に1対1での夜の取材は危ない」という認識があったといいます。

告発した女性記者は国税庁との兼務で、福田氏のセクハラについてはある程度は知っていたけれど、そこまでの情報を共有しきれていなかった。告発した理由は「どこかで断ち切らなければ、いつまでたっても“女性記者なんて所詮そんなもん”という扱いしかされない」「自分一人の問題ではない、きっちり声を上げるべきだ」と考えたからだそうです。

彼女の告発の裏には、詩織さんの勇気に触発された部分があったと聞いた、と望月さん。録音したのも詩織さんの事件が証拠不十分で不起訴になったから。そして自分が所属するテレビ朝日ではなく新潮社に持ち込んだのは、会社に言えば音源ごと没収されかねないと分かっていたから――つまり彼女はあらゆる「忖度」を拒絶したのだと、言えるかもしれません。

「事務次官になるまでそんなことをやっていた人だから、これまでも嫌な目に遭った女性記者や財務省の女性職員はいたと思う。私たちの世代が戦っていたら、彼女や詩織さんの世代が苦しむことはなかったし、それを許してきた私たちの世代が反省するところだと思う。

詩織さんだって、当初こそサングラスにマスク姿でしたが、“自分が隠れなければいけない理由なんてない”と、途中からは日本に戻っても顔を隠さなくなった。そして本来やりたかったドキュメント番組の製作を次々と手掛け、カルバン・クラインのモデルにもなって、前向きにどんどん発信している。すごい驚きだし、その勇気は若い世代からしか学べない、学ばなきゃいけないと痛感します」

それ以降、様々なセクハラやパワハラの被害、体験について、声を上げて語り始めています。こうした流れをきっかけに、政治や社会に女性たちが参画していけば、世の中の空気は変わるのではないかと、望月さんは考えています。

「議員会館に行くとすごく感じるんですが、キーパーソンと言われるような政治家たちって、歩き方からして心許ないほど年配の男性ばかりなんですよ。そんな人たちが取り仕切っていたら、日本の政治が変わるわけがない。女性がきっちりとものが言える社会になり、いろんな形で関わっていければ。例えば、軍事ばかりにお金を使うのではなく、おざなりにされている教育や福祉にもお金が回るようになると思う。仕事でパンプスやハイヒールを女性に仕事で強いるのはおかしいと訴える、「#Ku too」の動きを見ても、女性だからと我慢することは何もない、どんなことでも言っちゃっていい。みんなで声を上げ、みんなで考え動いていけば、世の中は変わっていくと思います」

望月衣塑子記者インタビュー前編はこちら>>
 

<映画紹介>
『新聞記者』

©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ

一人の新聞記者の姿を通して報道メディアは権力にどう対峙するのかを問いかける衝撃作。
東京新聞記者・望月衣塑子のベストセラー『新聞記者』を“原案”に、政権がひた隠そうとする権力中枢の闇に迫ろうとする女性記者と、理想に燃え公務員の道を選んだある若手エリート官僚との対峙・葛藤を描いたオリジナルストーリー。主演は韓国映画界の至宝 シム・ウンギョンと、人気実力ともNo.1俳優 松坂桃李。

6/28(金)新宿ピカデリー、イオンシネマほか 全国ロードショー!
監督:藤井道人
出演:シム・ウンギョン、松坂桃李
本田翼  岡山天音 郭智博 長田成哉 宮野陽名 / 高橋努 西田尚美
高橋和也 / 北村有起哉 田中哲司
配給:スターサンズ/イオンエンターテイメント
©2019『新聞記者』フィルムパートナーズ


撮影/塚田亮平
 取材・文/渥美志保
 構成/川端里恵
 
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