2019年を代表する圧倒的な第1位は、奥田英朗さんの『罪の轍

舞台は東京オリンピックを翌年に控えた昭和38年。浅草で男児誘拐事件が発生。犯人が要求したのはわずか50万円……。「吉展ちゃん誘拐事件」をモチーフに、オリンピック開催前の好景気に沸く東京と地方の格差、貧困、警察組織のメンツ重視主義など、ノンフィクションのようなリアリティで描き切った圧巻の長編。『罪の轍』奥田英朗

オリンピックの身代金』に続いて、奥田英朗さんが選んだこの時代。面白くないわけがない!と思いつつ、あまりの重厚感(587ページ)と小さな字に、いつ読み始めようかなあと躊躇していました。

読み始めたらもう、ページをめくる手が止まらずあっと言う間に……!

物語は、北海道礼文島で暮らす漁師手伝いの青年・宇野寛治が盗みをはたらいた上、仲間に裏切られて東京へ逃げるところから始まります。宇野は幼い頃に継父から暴力を受けたせいで脳に障害があり、満足な教育も受けていないためまわりから「莫迦」よばわりされています。

警視庁捜査一課強行班係の若手刑事・落合は南千住で起きた強盗殺人事件を追ううち、北国訛りで子供たちから「莫迦」と呼ばれていた青年が浮かび上がってくるのですが……。

後半、浅草で豆腐屋の息子・吉夫ちゃんの誘拐が発覚したところから物語は急速に動き出します。

前半で、宇野寛治の恵まれない環境や育ち、頭があまりよくないところを読んでいるので、誘拐犯という緻密な計画が必要そうな犯罪を寛治が果たしてやれるんだろうか……犯人は別にいるんじゃないかと思いながら読むわけです。寛治じゃなくあって欲しいという期待と、でもやっぱり寛治しかいないよねと気持ちがきったりきたりしながら、先へ先へと読むスピードが上がります。

物語を盛り上げるポイントは、警察も犯人も電話を使ったやりとりに慣れていないこと。「家庭用電話の普及は急速に進んでいるものの、まだ全国で二百万世帯程度でしかない。自宅に電話がある刑事はほとんどいない」と本文にもあって、警察の連携もお粗末。GPS付きのスマホ時代に慣れてしまった今からは想像もできないアナログぶりと嘘発見器もなんだかポンコツっぽくてちょっと笑ってしまいます。

犯人逮捕のチャンス、身代金引き渡しのタイミングで警察は大失態を犯します。

このあたりは実際の「吉展ちゃん誘拐事件」に基づいているんですよね。「吉展ちゃん誘拐事件」の背景と顛末を描き“ノンフィクションの最高傑作”と称される本田靖春の『誘拐』も合わせてぜひお読みになってください。なんでたった50万円のために……とやるせない。当時の物価にしても50万円はそれほどの大金ではないんです。「50万円はボストンバッグで運ぶほどではなく、胸のポケットに入る程度の厚さしかないことを犯人は知らなかったのではないか」という著者の指摘に胸が締め付けられます。

映画『家族を想うとき』の公開記念トークショーで武田砂鉄さんがおっしゃっていたけれど、「お金を稼げないのは自分のせい」というのはホリエモン的な勝ち組の傲慢。フツウに生きていこうと思うのに、落ちていく、本人のせいと切り捨てられない劣悪な状況や貧困は今もあって。そこが見えにくい分断は現代の方が広がっているかもしれません。

ラスト、逃走中の寛治にお婆さんが話しかけるシーンがあります。

「お兄さん、東京オリンピックの工事は進んでるべか」

寛治は

「国立競技場はもう完成したね。代々木体育館と日本武道館は建築中」

と適当に答えるのです。どのくらい進んでるかなんて知らねえし、知るよしもない。関係ないんですよね。でも世間話には付き合う寛治がなんとも言えず泣けました。

オリンピック開催を控えた今まさに読んで欲しい、令和最初の傑作だと思います。

なかなか気力が入りますが、読んだあと、しばし茫然・・・頭がぼんやりしちゃう体験を久しぶりに味わえる2作品でした。

皆さんも読んだことのある作品はあったでしょうか。今年も新しい扉を開く本との出逢いがたくさんありますように!

ではではまた〜。

 
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