『シェフ 〜三ツ星フードトラック始めました〜』(2014年・アメリカ)

『シェフ 〜三ツ星フードトラック始めました〜』より。 写真:Photofest/アフロ

地位もある。名誉もある。だけど、幸せに生きるために大切なものは、もっと別のものなのかもしれない。それに気づいたとき、私たちの人生は今まで以上にデリシャスになる。

『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』は、地位も名誉もすべて失った男が、そこから自分らしい生き方を取り戻していく再起の物語だ。主人公は、一流レストランで総料理長を務めるカール(ジョン・ファヴロー)。多忙な日々を送っていたが、ネットで強い影響力を誇る評論家に自身の料理を酷評され、彼と舌戦を繰り広げたことから、総料理長の座を追われるはめに。すっかり問題児扱いとなったカールを雇ってくれるレストランはどこにもなく、積み上げた地位も名誉も一夜にして失ってしまう。

 

失意のカールを再び立ち上がらせたのは、旅先のマイアミで出逢った絶品のキューバサンドイッチ。これを商売にしようと、ボロボロのフードトラックを改装し、移動販売を始めることを決意する。仲間は、元同僚のマーティン(ジョン・レグイザモ)と、息子のパーシー(エムジェイ・アンソニー)だけ。一流レストランで何人ものシェフを束ねたカールにとっては、心もとないチームかもしれない。料理も決して高級食材なんかじゃない。だけど、オンボロのフードトラックに乗ってキューバサンドイッチを売るカールは、一流レストランにいたときよりもずっと輝いていて、カールのキューバサンドイッチを食べる人たちもみんなうれしそうで、見ているこちらまで笑顔になる。

そして何よりカールとパーシーの父子の関係が、私たちの心に溜まった澱を洗い流してくれる。忙しさを言い訳に息子を構ってやれなかったカールが、料理を通じて、息子に仕事の楽しさ、職業人のプライドを伝える姿はシンプルにカッコよく、父にひたむきに愛情と敬意を寄せるパーシーは思わず頬ずりしたくなるほどキュート。離れ離れで暮らすこの父子にとって、キューバサンドイッチを売る旅は期間限定の夏休みのようなもの。旅が進めば進むほど終わりが近づいてきて、だからこそ楽しそうなふたりの姿が余計にせつなくなる。

ちなみに、本作は主演のジョン・ファヴローが監督・脚本・製作も担っている。ジョン・ファヴローといえば、『アイアンマン』の大ヒットで知られるところだけど、続編の『アイアンマン2』は酷評の嵐。その後、『アイアンマン3』を降板し、制作費は何十分の1という本作を手がけた背景がある。

そのエピソードを知った上で、オーナーにいろいろ口出しされた結果、本意ではないメニューで評論家から毒舌をくらうカールを見ると、ジョン・ファヴロー自身の胸の内が透けて見えるようで、より味わいが深まる。

やりたいことをやっているはずなのに、なんだか窮屈。他人から見れば幸せなのに、不自由さが拭えない。そんな大人たちのお腹と心を満たす、極上のひと皿だ。

『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』はNetflixで配信中。
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