自分の住まいにいるのに「帰る!」と言って出ていこうとする、認知症のお年寄り。力づくで止めるわけにもいかないし、一人で歩かせると道に迷うかもしれず心配です。とくに、施設に入居している老親から「帰る!」と言われて困ってしまう介護家族や介護職員は、後を絶ちません。

『認知症の人のイライラが消える接し方』の著者・植賀寿夫さんも、幾度となくこの「帰る!」に直面してきたそうですが、どう対応していたのでしょうか。

 


よくあるのは「声かけ」。でも、解決しないことがある


お年寄りからの「帰る!」「帰りたい!」という要望、多いですよね。実は、この要望への対応は、その後の人間関係に大きく影響してくると僕は感じています。どう対応するかで、信用してもらえたり、信用してもらえなかったりするからです。どうしたらいいでしょうか。

まずは声かけで解決する方法が挙げられます。たとえば、「帰ります」と言われたときに、「ご飯食べてからでもいいんじゃない?」と呼びかける。そして、

お年寄りが「そうね」と納得する→やがて「帰る」と言っていたことを忘れる

というふうに解決できるなら、それでもいいと思います。認知症には、記憶障害(=もの忘れ)という症状があるため、こういうこともあり得るのです。

ただ、かける言葉には気をつけないといけません。「もう遅いから泊まっていったら?」というような声かけをする人もいますが、これは逆効果。本人は「遅いから」帰るんです。

また、〈どうせ忘れる〉と安易に考えていると、こんな会話になることもあります。
高齢者「帰る」
介護職「明日でもいいんじゃない?」
高齢者「あんたは、いつもそう言うね」
こうやって反発を買うと、かえってお年寄りとの関係にヒビが入るので要注意です。

時間を稼ぎたいときは「忘れ物!」が使える


家でも施設でもそうだと思いますが、日常生活のなかでは、「外へは出られない場面」がありますよね。外出するにしても、上着を着たり、カギや財布を持ったりと準備が必要で、すぐには出られない、という場面があるはずです。

そんなときに無理やり外出しようとするお年寄りには、どう接すればいいでしょうか。もし、お年寄りの「頼りにしている人」がわかっているなら、こんな手段があります。

あるおじいさんは、長男の「ヤスオさん」が大好きで、とても頼りにしていました。だから、そのおじいさんが出ていこうとするとき、僕はこう声をかけました。「え? ヤスオさん、今日って言ってました?」。

 

あるいは、〈この外出は止められんな……〉と直感したら、「忘れ物してない?」と、お年寄りに疑問を投げかけてもいいでしょう。こうすると、お年寄りを一瞬だけ足止めできます。お年寄りと話し合ったり、外に出るための用意をしたり、付き添う人を決める時間が稼げるわけです。

 

さて、ここまで僕は「お年寄りの外出を一瞬でも止める方法」だけを説明してきました。でも、ここで少し考えてほしいことがあります。
それは、「本当に帰る」のはダメなのか、ということです。
僕がよく知っている、ナツエさん(92歳)という、介護施設に入居している女性のことを、少しご紹介します。

自宅が大好き。しょっちゅう施設を出ていくおばあちゃん


ナツエさんは、小ざっぱりした素敵なおうちにお住まいでしたが、ご主人に先立たれた後、一人暮らしが難しくなり、自宅から15分くらいのところにある介護施設に入居することになりました。

でも、いざ施設に入ると「やること」がなくなり、時間をもてあましていました。それもあって、何度となく「帰ります」と言って出ていきます。そんなときは、必ず職員が一緒に自宅に帰りました。

玄関はもちろん閉まっているので、しかたなく庭に水をまいて帰ってきます。やがて、事情を聞いた娘さんが家のカギを預けてくれることになりました。以後は、自宅で職員とジュースを飲んで数時間過ごし、「帰りましょうか」と職員が声をかけると、「そうじゃね」と施設へ戻る、というパターンになりました。

ところがある日、娘さんと一緒に自宅に戻った際、ナツエさんが、「今日は絶対ここに泊まる」と言いだしました。テコでも動きそうにありません。

困って娘さんに相談すると、「ごまかして連れて帰ったら、きっと職員のことを信じられなくなると思う。信じられない人に介助されるのは、母にとってはつらいと思う。今日は、私が一緒に泊まります」と言ってくださいました。

こうして、その夜は母娘で一晩泊まり、翌日、娘さんは遠方の自宅へ、一方、ナツエさんは納得して施設へ戻ったのでした。

その後もナツエさんは、自宅へ帰ることがありましたが、「泊まりたい」はもうありません。それどころか、やがて自宅へも帰らなくなりました。僕らが「帰ろうや」と誘っても、「いい」と仰るのです。

「帰れる」と実感できれば、お年寄りは出ていかなくなる


なぜこんなふうに変化したのか? 思うに、「いつでも自宅へ帰ることができる」と実感できたから、「帰るのは(今日じゃなくても)いい」と、心境が変化したのではないでしょうか。

 

娘さんと泊まったあの日、ナツエさんは職員に、「いつも泊まるんじゃなくていいんよ、今日だけは泊まりたいんよ。1日だけでええけえ、うちも一人は寂しんじゃけぇ」と言っていたそうです。

どんなお年寄りでも、施設では「新しい暮らし」と折りあいをつける必要があります。「自宅」を感じながら、でも施設で暮らす。そんなことをくり返して、折りあいがつくのを待ちつつナツエさんと過ごしました。そうやって、これまでの生活を感じながら、施設の新しい生活へと移行したのです。

ナツエさんは、自宅近くに施設があるという点では、確かに恵まれていました。事情があって遠くの施設に住むことになるお年寄りも、いると思います。でも、予定を合わせて1日でも戻る。2日、3日……と、自宅にいられる日を延ばす。今日は無理でも、明日、あるいは1週間後にでも帰る約束をする。そして、約束を守る。施設の職員と協力すれば、いろいろな可能性が広がるかもしれませんね。

他にもこんなエピソードが!

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『認知症の人のイライラが消える接し方』
植 賀寿夫著 講談社刊/1400円
ISBN 978-4-06-519574-1

お年寄りが落ち着く声かけ・関わり方がわかる!
すぐに怒る、話を聞いてくれない、意味不明なことを言い出す。そんな認知症のお年寄りとどう接すればいいのか? 認知症ケアの本質は「人間関係を整えること」と語る著者が、豊富な事例から対応策を解説します。またお年寄りとの、大変だけど楽しいエピソードをマンガで紹介。介護職はもちろん、認知症のお年寄りを抱える家族も必読の一冊です。

植 賀寿夫 Kazuo Ue

介護福祉士、介護支援専門員(ケアマネージャー)。専門学校を卒業後、介護老人保健施設、デイケア、デイサービスなどを経て「みのりグループホーム川内」に管理者として入職、現在は施設長。自らも現場でケアに携わるほか、18年にわたる経験を活かして他施設での職員研修、地域の老人会、学校などで認知症の講座を担当している。


漫画・イラスト/秋田綾子
構成・文/からだとこころ編集チーム

 

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